研究課題別研究評価

研究課題名:非磁性酸化物結晶の磁場整列能率をさぐる

研究者名: 植田 千秋


研究のねらい:
 非磁性物質は、その反磁性異方性に起因して磁場整列を起こすが、無機酸化物に関してはその可能性はあまり検討されて来なかった。この研究では独自の測定法を用いて、様々な無機酸化物の反磁性異方性を集積することを目指した。従来の測定法では、感度は試料を吊る線材で限定されてしまうが、新しい方法では線材のネジレ復元力が無視できるまで磁気異方性トルクを大きくするため高い感度が実現し、これまで検出が困難だった無機酸化物の微弱な異方性が検出できる。さらにこの研究では集積された測定値に基づいて、異方性の発生機構についての一般則の可能性を探った。これにより現存する膨大な種類の非磁性酸化物が、どの程度の磁場整列能率を有するかを明らかにしようとした。       
 これと並行して、非磁性粒子の磁場整列が実際に達成される機構を明らかにするために、高粘性液体から希薄ガスに至る様々な分散媒条件で、粒子整列の実現に取り組んだ。
研究結果及び自己評価:
◆結果および自己評価
 反磁性異方性を検出する場合、不純物として含まれる磁性イオンの異方性を正確に評価する必要がある。本研究では上記の測定法を室温から850Kまでの温度範囲で実現することにより、キュリー則に従って変化する磁性イオンの異方性を定量的に分離できるシステムを開発した。これまで反磁性異方性の検出可能な試料は、高純度の人工結晶に限られていたが、上記の開発により磁性不純物を含んだ天然結晶についても検出が可能となり、データ集積を飛躍的に進める道が開けた。一方、感度をさらに向上させる目的で、超伝導磁石およびφ8μmの細線を導入し、1.3x10-12emu/sampleの最高感度を達成した。
 この研究では、結晶を構成する個々の結合軌道が、有意の反磁性異方性を持ち、その単純和で結晶固有の異方性が発生するという仮説に立って、その検証のための測定と解析を進めた。考察する結合種として、酸化物の中で存在度が高く電子の広がり方が特徴的な、(1)6配位結合、(2)4配位結合、(3)水素結合、(4)水酸基の4種類に着目した。まず研究の第一段階として、これらの結合種一本当りの異方性を求めた。即ち単一の結合種に注目して、その結合方向の配向性が顕著な結晶を数種類選定し、それらの測定値から軌道一個当りの異方性の大きさと安定軸の方向を決定した。
 次の段階として、複数の結合種からなる結晶の測定値が、上で決めた軌道一本当りの異方性の単純和と一致するか否かを調べることで、上記モデルの妥当性を検証しようとした。しかしながら測定装置の開発に時間を費やされた結果、この段階については少数の試料しか測定できなかった。従って測定値の集積と一般則の検証という目標に関しては、残念ながら未だ道半ばの段階にある。なお上記の温度測定を、磁性イオンを含まない高純度のコランダムなどについて行ったところ、異方性が温度に比例して僅かながら減少することが新たに見出された。この温度変化は熱膨張によって、酸素イオンが正イオンから遠ざかった結果、結合軌道の広がりが正対称に近づいたためである可能性がある。これは異方性の発生機構に関する上記のモデルを裏付ける上でも興味深い現象であり、その全貌を把握するために融点直下までの高温で測定が望まれるが、研究期間内にこれを実現することはできなかった。    
 異方性の発生機構の研究と並行して、実際に非磁性粒子が磁場整列する条件を探る実験を進めた。従来の理論では、整列は結晶に誘導される磁気異方性エネルギーが分散媒分子の熱運動を約1桁上回る磁場強度で実現し、具体的には、(1)結晶固有の反磁性異方性、(2)結晶粒子のモル数(粒子サイズ)、(3)温度、の3条件のみに依存するとされてきた。本研究ではこれらの条件以外に、整列に要する磁場が分散媒の粘性の増加と共に顕著に増大することを新たに見出した。これは整列エネルギーに寄与する分散媒分子の作用が熱運動以外に存在する事を示唆するもので、粒子の整列機構を議論する上で新たに検討すべき事象であるが、本研究ではそのような考察を進めるには至らなかった。
 一方、その逆の極限である希薄ガス中で整列過程がどのように変化するかが、興味深い問題となる。ガス分散実験の実現は、10Kから 1000Kの広い範囲で(3)の温度依存性を検証することも可能にする。そこで本研究では、大型ヘルムホルツコイルと真空チャンバーを新たに導入し、希薄媒体中での整列を高精度で測定できるシステムを製作した。これを用いてガス分散粒子の磁場整列の観察を、室温・大気圧条件ではじめて実現した。しかしながら当初の目標である低温、高温および高真空条件での整列実験は実現できなかった。

◆今後の展開
 一般則を検証する第二段階として計画していた結晶のデータ集積は、今回確立した温度変化の手法により1年以内には完了できる予定であり、その結果に基づき一般則の妥当性も遠からず検証できると考えられる。反磁性異方性そのものの温度変化については、水晶、長石などの基本的な酸化物について現行の850K までの測定を実施しつつあるが、より高温での測定が望まれる。低温および高真空での粒子磁場整列は、今回完成した装置を基盤にすれば、今後それほど技術的な困難は予想されず、比較的早期に実現すると期待される。
領域総括の見解:
 今まで全く無かった多くの無機化合物の反磁性異方性についての系統的なデータは多くの分野での基礎データとして貴重である。また高温での変化も初めて見出されたもので興味がある。種々の条件下での整列実験の展開が期待される。
主な論文等:
1) Diamagnetic orientation of Inorganic Particles and its Application to Astrophysics.(1999) H. Chihara and C. Uyeda, "Recent Research Develop- ments in Applied Physics"(Transword Research Network),2,385.
2) Flux Growth of(Mg1-xFex)SiO3 Orthoenstatite Crystals.(1999) T. Tanaka, H. Takei and C. Uyeda, J. Crystal Growth,200,155.
3) The Magnetic Ordering of Graphite Grains and Its Application to Grain Alignment, C. Uyeda , Publ.Astron.Soc.Jpn.,50,149.
4) The Magnetic Orientation of Graphite Grains and Its Application to Astronomcal Problems,(1998) H.Chihara, C.Uyeda and T.Okamura, J.Magn. & Magn.Mater.,177-181,1455.
5) High Sensitive Measurements on Magnetic Anisotropy Using Harmonic Oscillation.(1998)K.Okita, H.Chihara and C.Uyeda, Physica B,246- 247,171.

This page updated on March 30, 2000

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