研究課題別研究評価
研究のねらい: | ||||||||||||||||||||||||||
固体表面上の超高速振動をイメージングすることは大変興味深い。それは、 「音響学的な目」によって従来の光学的な顕微鏡では見ることができない表面下の構造や異方性を可視化・検出することが可能になるからである。医療用超音波診断装置のようなキロヘルツ周波数の範囲における技術は既に幅広く普及しているが、メガヘルツ領域からギガヘルツ領域、さらにそれより高周波における音響技術を含むイメージング手法は多くの未知の応用が残されている。本研究の目的はそのような高い周波数において~1ナノメートルに達する横空間分解能を持つ音響励起イメージングのための新しい方法を研究することにある。最終的な目標は試料表面における100GHz~10THzのコヒーレント振動を原子スケール横分解能でイメージングすることである。 これまで試みた方法の中で以下の2つの異なるアプローチにおいて結果が得られた。 (i) 金属薄膜における縦バルク音響波と表面音響波の実時間イメージング: サブミクロン膜厚の金属薄膜における、5~500GHz周波数領域の縦バルク音響波パルスと、100MHz~1GHz周波数領域の表面音響波を、超短パルスレーザーからの光を強く集光して生成・検出する。本研究の目的は、これらの音響波の振る舞いを1ミクロンの横分解能で実時間イメージングするとともに、金属中の励起電子の超高速時間領域におけるダイナミクスを明らかにするものである。 (ii) 光ヘテロダイン力顕微鏡(OHFM, Optical Heterodyne Force Microscopy): 光ヘテロダイン力顕微鏡はカンチレバー台をメガヘルツの音響周波数で振動させ、同時にそれと近い周波数で断続させた光を試料に照射するように改造した原子間力顕微鏡を用いる。超音波周波数と光断続周波数の差におけるカンチレバーの振動を検出することにより、試料の熱膨張をこの近接場音響技術を用いて局所的にイメージングすることができる。 | ||||||||||||||||||||||||||
研究結果及び自己評価: | ||||||||||||||||||||||||||
◆結果 (i) 金属薄膜における縦バルク音響波と表面音響波の実時間イメージング: 超音波パルス伝搬に伴う試料からの反射光の振幅および位相の変化を変形サニアック干渉計を用いて検出する。この干渉計は参照光と検出光が同一の経路を通るように設計されており、安定度が極めて高い。2色ポンププローブ法を用いることにより、単一の対物レンズを用いて試料上での励起および検出光スポットサイズを1μm以下にできた。これにより、イメージングの横分解能も1μm程度とできた。試料表面に対して垂直方向に伝搬する縦バルク音響波の生成・伝搬の様子を時間領域で観測した。金薄膜における測定では、縦バルク音響波のエコー信号を、ピコ秒領域での試料表面変位として明瞭にとらえることができた。このときの試料変位運動の周波数領域は5GHz程度に対応する。エコー信号の形状は、電子フォノン相互作用を取り入れた薄膜中の音響波生成の解析的なモデルに基づいて定量的に解析され、この系における電子フォノン結合定数が得られた。 さらに、試料の表面裏面のそれぞれからポンプおよびプローブ光を照射する実験を行った。ポンプ光の照射位置を2次元的に走査することにより、表面音響波の伝搬の様子を実時間でイメージングできた。これらの測定は石英ガラス基板上の多結晶金薄膜について行った。周期的なポンプ光列によって生成された同心円状の表面変位のリプルが、中心から外に向けて伝搬していく様子が観察された。これらの擬レイリー表面波の周波数領域は300MHz~1GHz程度である。観測結果から、表面波の速度が得られた。この値は、分散関係から期待される群速度によく一致している。更に最新の結果として、異方性を持つLiFおよびTeO2を基板とした金薄膜における実験では、群速度の異方性に基づく楕円形状の表面波伝搬パターンが観測されている。 (ii) 光ヘテロダイン力顕微鏡(OHFM) 光ヘテロダイン力顕微鏡 (OHFM)による観測は、光励起を伴わない超音波力顕微鏡(UFM)による観測と並行して行われる。UFMによる観察像は試料の弾性的な性質のみを反映しており、従ってこれを用いてOHFM像に含まれる試料の熱的性質に起因する成分を、同時に含まれる弾性的性質に起因する成分から分離することができる。3MHzで変調された光励起を用いて、グラファイト(HOPG)のOHFM像を10nmの横空間分解能で観察した。OHFM像には、原子間力顕微鏡による凹凸像やUFMによる像には見られない構造が認められた。この構造は、試料内部のひびのためにその直上部位の試料の熱膨張が他に比べて大きくなることに起因すると考えられる。この解釈を裏付けるために、シリコン基板上にSiO2薄膜によって格子状のパターンを形成し、さらにその表面をCrでコートした試料を作製した。この試料をOHFMで観察することにより、光熱的に励起された振動のナノメートル横分解能イメージングは、試料の内部的な熱特性を反映することがはっきりと示された。 ◆自己評価 本研究の当初の目標である原子スケール横分解能を持つ100GHz~10THz領域のコヒーレント振動のイメージングにはまだ成功していない。しかし、この目標達成のための努力は現在も続けられている。そして、上記の結果は、このゴール達成に向けての重要な局面に我々が位置していることを物語っている。 (i) 金属薄膜における縦バルク音響波と表面音響波の実時間イメージング: 本研究において考案された新しい変形サニアック干渉計は、ピコ秒超音波および表面振動イメージングにおいて極めて有効な検出手段であることが示された。金試料におけるバルク縦コヒーレント音響フォノンパルス観察への干渉計の適用では、従前の検出法によるこれまでの結果と同等の結果をより高い精度で得られた。また、その測定結果の解釈においては、金属中電子の超高速緩和についての電子電子相互作用および電子フォノン相互作用を考慮した解析的モデルを初めて適用し、その有効性を示した。今後は、同様の実験をより複雑なバンド構造を持つ遷移金属に対して行い、THz超音波発生器の実現に適した材料を見出そうとしている。 表面波の過渡的な振る舞いは2つの空間軸および1つの時間軸を持つイメージとして観測された。空間分解能はミクロンオーダーである。この手法は1GHzまでの周波数領域におけるフォノンフォーカシングおよび表面波伝搬の異方性の研究に有効である。我々の知る限り、このような高い周波数領域での表面波イメージングは他に例を見ない。現在、この試料構造における弾性波動方程式を用いて、この系の表面波伝搬の様子を定量的に再構成することに取り組んでいる。この部分はこれまでの3年間の研究期間内には残念ながら完成しなかった。特に、今後はこの研究を「表面フォノン光学」と呼ばれる一般的な研究領域にまで拡大することを目指している。自然または人工的に作られた微細構造におけるフォノン散乱イメージを観察することにより、それらの構造における分散性フォノンの相互作用についての知見が得られる。これは理論的に興味深い。なぜなら、理論によって予言される時間および空間軸上におけるフォノンの振る舞いの全てを実地に検証できるからである。そして、このような研究はまた、実用的・応用的な側面をあわせ持つ。例えば、表面吸着物による表面フォノン伝搬の撹乱を適切 な表面フォノンフォーカシングにより増強することができれば、ガスセンサー開発に利用できるだろう。 (ii) 光ヘテロダイン力顕微鏡(OHFM) OHFMは、埋もれた熱的不均一性の検出という新しい機能を走査プローブ顕微鏡に付け加える。光熱的に励起された振動を用いて、初めて物質の熱的な性質をナノメートルの横分解能でイメージングした。現在のところ問題となるのは、多層構造における周期的な熱膨張を扱う定量的なモデルの構築が完成していないことである。これは近い将来には是非行いたい。さらに、OHFMの技術を超高真空STMに導入して、原子スケールの横分解能を持つ熱性質イメージングを行うことを計画している。また、周波数領域を100MHz以上にまで高めることにより、熱拡散長の影響を押さえて測定の深さ方向の分解能を高める。このような高い周波数領域での測定は個々の原子の運動とその近傍の熱的不均一性との関連を明らかにする。 本研究全体の最終的な目標は、原子、分子、クラスターの運動をその振動の時間スケールで観察することである。そのためには、単原子の横分解能かつその振動周期の時間分解能すなわち10-13から10-11秒の時間分解能が要求される。これまでの成果を組み合わせて、この最終目標に向けた研究も進行中である。すなわち走査プローブ顕微鏡とサブピコ秒光パルス技術の組合わせである。この検証には、金属薄膜やナノ構造におけるバルク縦コヒーレント音響フォノンによるピコ秒表面振動のイメージングが用いられる。さらに表面に吸着した単原子および無機・有機分子の振動、アモルファス物質や不純物を含んだ物質の局在振動モード、人工的に形成されたナノ構造・メゾスコピック構造のフォノンスペクトル測定を行う。これらの技術は、将来のエレクトロニクス、光エレクトロニクス、生医学、マイクロマシンといった応用において、試料の制御と評価を行う全く新しい可能性を提供することになるだろう。 ◆今後の展開 今後2年間で、ナノスケールの超音波表面振動のマッピングの問題に対して3つの方向から攻めることを基本にしている。第1の項目としてマイクロメートルの分解能を持つ実時間イメージング技術である新しい「GHz 表面フォノン光学」を開拓する。第2の項目として光ヘテロダイン力顕微鏡(OHFM)技術を発展させてより高い分解能とより高い周波数を目指す。第3の項目として上の2つの計画に含まれる技術を新しい方法で発展・結合させて、当初の計画であるナノメートルあるいはそれ以下の横空間分解能とピコ秒の時間分解能を同時に得ることを目指す。 | ||||||||||||||||||||||||||
領域総括の見解: | ||||||||||||||||||||||||||
固体表面の振動を原子分解能でイメージするという目標の非常にユニークな研究で、勿論3年間で到達出来るような目標ではないが、そのための基礎固めといえる。金属薄膜でのバルク音響波と表面音響波のイメ-ジング、光ヘテロダイン力顕微鏡による熱的不均一性の検出など、新しい成果と技術展開が得られている。 | ||||||||||||||||||||||||||
主な論文等: | ||||||||||||||||||||||||||
他17報 (特許、受賞、招待講演等): ◆招待講演
◆特許:国内4件 特開平10-221060 「局所探査顕微鏡」 3件 2000/2/18出願「試料の物理的性質の測定装置」 |
This page updated on March 30, 2000
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