研究課題別研究評価

研究課題名:光の倍音で見る世界

研究者名: 水谷 五郎


研究のねらい:
 本研究の目標は、超高真空中で動作し二次元の像を与えることができる光第二高調波(SH)の顕微鏡を開発構築し、表面現象の原動力を追跡するところにあった。具体的にめざした仕様は、(1)空間分解能が1mm程度、(2)1画面の像を得るための蓄積時間が1秒程度、(3)くり返し蓄積によりピコ秒オーダーの像変化の時間分解能、(4)試料室において超高真空環境下で金属試料の表面清浄化可能、(5)反応ガス中の表面のSH顕微像を得ることが可能、(6)構造変更により、大気中や電解液中などの種々の環境下の試料についても観察が可能、であった。そして、この超高真空光第二高調波顕微鏡を用いて多くの表面現象の二次元SH像を観察し、それぞれの表面現象の原動力となっている物理的要素を抽出することを目的とした。また、表面現象に限らず広くこの顕微鏡を適用できるような対象を模索し、それぞれの現象がこの顕微鏡を通してどのように観察でき、この顕微鏡がどのように役に立つのかを検討することも目的とした。
研究結果及び自己評価:
◆研究結果
本研究では、超高真空中で動作し二次元の像を与える光第二高調波の顕微鏡を開発構築することができた。しかしその仕様はめざしたものには及ばない部分が多く、多くの問題点を残した研究結果となった。一方、この顕微鏡を用いた種々の系の観察においてはいくつかの興味深い例を得ることができた。以下、それぞれの項について述べる。
(1) 超高真空光第二高調波(SH)顕微鏡の構築
 本研究では最終的な超高真空仕様のシステムを構築するためにいくつかの段階を踏んだ。タイプ1の顕微鏡として、ナノ秒の励起光パルスを光学レンズで試料上に集光し反射方向に発生するSH光強度を計測しながら試料をラスター掃引するものを製作した。 タイプ2としては市販の光学顕微鏡の試料照明口からピコ秒の励起光パルスを入射して観察側からイメージインテンシファイア付きのCCDカメラで像蓄積をするものを製作した。また、タイプ2の顕微鏡を超高真空対応にするために、超高真空槽内から外へと像を転送する光学系を設計制作し、顕微鏡と組み合わせる試験も行った。しかしこれらは分解能や観測可能波長、超高真空への応用性、収差の問題などにより、決定版の顕微鏡のタイプとはならなかった。これらの問題を克服するタイプとしてタイプ3の顕微鏡を構築した。タイプ3においては、観測の光学系としては市場に出回り始めた長距離顕微鏡を採用した。これにより超高真空中の試料に対して3mm程度の分解能で可視紫外の領域にわたって観測可能な顕微鏡が構築できると考えた。タイプ3の顕微鏡は研究期間の大半を費やして構築し完成した。
(2) 超高真空光第二高調波(SH)顕微鏡の性能評価
 「研究のねらい」で設定した本顕微鏡の仕様に対して、構築した顕微鏡がどの程度の仕様を持つかを調べた。その結果(1)の空間分解能は、めざした仕様1mmに対して6mmであった。(2)の蓄積時間のめざした仕様は1秒程度であったのに対し、Pt(110)上のCOの吸着系を観察した時は5時間もの蓄積が必要であった。もう少し観察しやすい系においても数十分の蓄積時間が必要であった。(3)の繰り返し蓄積によるピコ秒オーダーの現象の追跡については仕様を確認することなしに終了した。(4)の試料室において超高真空環境下で金属試料の表面清浄化ができる、という仕様についてはPt(110)系で実際に達成することができた。(5)の反応ガス中の表面のSH顕微像を得ることができる、という仕様についても実際にPt(110)上の吸着COの酸化現象の観察を通じて達成されたことを証明できた。(6)の大気中や電解液中などの種々の環境下の試料に対して適用が可能である、という仕様についても種々の実例をもって、達成を証明することができた。
(3) 種々の系の観察
(1) 金属多層膜構造のSH像観察
 異なる金属の薄膜を多重に重ねた試料を最上層の上から観察したSH像は、その金属間の接触電位差を反映したものとなることを見い出した。
(2) 金属回折格子構造のSH像観察
 金属回折格子では従来その尖った部分で光学過程が強く起こると考えられているが、必ずしもそうでないことが、Agの回折格子のSH像観察により証明できた。
(3) 半導体劈開面のSH光強度像観察
 GaAs(110)面を意図的に下手に劈開した面において、GaAsのスラブ構造が強いSH光強度を与えることを見い出した。これはスラブ構造の裏面による励起光の反射が原因であると考えられ、この手法が表面の微細な構造に敏感な像を与えることを示した。
(4) 超高真空下におけるPt(110)面上の触媒反応の観察
 超高真空下においてPt(110)面上における、COの酸化反応を観察した。Pt(110)表面は一様であるにも関わらずCOが非一様に吸着している様子が観察できた。しかし1画面の像をとるのに5時間もかけなければならない、という本顕微鏡の問題点が明らかになった。いずれにせよ、本成果は本研究の主たる目的の1つを達成したものとなった。
(5) 植物のSH顕微像の観察
 水草の一種であるシャジクモのSH顕微像を得た。粒子状にSHGが強い箇所が観察され、その起源はデンプンであることが同定された。デンプンは光学活性なグルコースが規則正しく配列した構造をとっており、これが理由で選択的に観測できるのであると考えられる。また同じグルコースからできているセルロースもSHGを発生させることがわかった。この成果は世界で初めての植物のSH像観察例となった。


◆研究者自己評価
(1) 「超高真空光第二高調波(SH)顕微鏡の構築」について
 超高真空で二次元の像を与えるSH顕微鏡を世界で始めて構築した点は十分評価できる成果である。しかし、最終的に重要な部分である光学系の開発を、市販品の組み合わせで解決している。この点、装置開発としてはやや迫力の欠けた仕事であると言わざるを得ない。市販品の組み合わせでできるのであれば研究期間の3年間をフルに用いなくとももっと早く完成し、後で問題になってくるような性能の悪い点を改善するほうに時間を費やせなかったのか、が悔やまれる。
(2) 「超高真空光第二高調波(SH)顕微鏡の性能評価」について
 研究結果に述べた仕様の確認の順番で自己評価を述べる。
(1)空間分解能については、要求仕様と同じオーダーの性能が得られている点は評価できる。ただし要求仕様との差は小さいとは言えない。この差を小さくすることに技術的問題はないはずなので、努力することが望まれる。
(2)蓄積時間の性能が要求仕様にはるかにおよばないことは、この顕微鏡の応用性に関して、深刻な事項である。この点に関してはかなり低い評価であると言わざるをえない。この顕微鏡が有用な表面分光法として普及するためには、この点を改善することは至上要求であるといえる。
(3)のくり返し蓄積によるピコ秒の時間分解能測定の実現については、重要なポイントであるが結果を出していないので、評価を留保する。
(4),(5),(6)の点については、目標をおおむね達成しており、これらのポイントが本手法が広く応用される可能性を広げるものであることを考えれば十分評価できる。
(3) 「種々の系の観察」について
 (1)金属多層膜構造のSH像観察、(2)金属回折格子構造のSH像観察、(3)半導体劈開面のSH光強度像観察、については、それぞれ興味深い成果である。現段階では未だ検討が不十分な点もあるので、以後の発展が期待される。(4)超高真空下におけるPt(110)面上の触媒反応の観察、については、上に述べた顕微鏡の性能の問題を別にすれば、これが達成できたことは大いに評価したい。(5)植物のSH顕微像の観察、は水谷の専門とは異なる分野の成果であるが、それだけに多くの人にわかりやすく、また新しい研究分野を開く成果であり、大胆な挑戦を評価したい。

◆将来特に近未来の展望
本研究の将来的な展開は以下の3つを考えている。
(1) 超高真空SH顕微鏡本体の性能、特に測定スピードを向上させるために光源をフェムト秒パルスのレーザー励起に切り替えたものを構築する。100fsの時間幅のものを用いれば現在より2桁程度測定のスピードアップが期待できる。これには所属機関の共通設備を用いることになるが、マシンタイム事情などを考慮すると、実現までに3~4年を要する。
(2) 現在のSH顕微鏡を改造して、可視光と赤外光の光和周波(SF)顕微鏡の構築をする。これにより分子振動の分布が観測できる非線形光学顕微鏡が実現できる。技術的には大きな問題はないと予想されるが、水谷に光和周波発生の実験の経験がないため、1点測定の実験による経験の蓄積を同時に行いながら進める必要があると考えられる。これらを考慮すると、この顕微鏡の実現までには約2年を要すると考えられる。
(3) この研究で発見した事実を更に細かく調べたり、更に本SH顕微鏡でしか見えない物理現象を見つけたりして、この顕微鏡のツールとしての可能性を探究していきたい。最終報告会でも助言をいただいた、半導体微細構造の電子準位分布の観察に力を入れたい。また電極系表面の電子準位の分布、更には生物体への適用についてもいろいろな例をあたっていきたい。これらは随時結果を出していけるものと考えている。
領域総括の見解:
 超高真空下で2次光高調波発生を用いた顕微鏡を開発するという目的は達成出来たといえるが、問題はこの顕微鏡が有効な系の探索で、この点での努力も大いになされている。和周波混合を用いるものにまで発展させることが出来れば、対象系ももっと豊富に広がるのではないか。
主な論文等:
1) G. Mizutani, Y. Sonoda, H. Sano, M. Sakamoto, T. Takahashi, and S. Ushioda: "Detection of starch granules in a living plant by optical second harmonic microscopy", Journal of Luminescence 87-89, in press (2000).
2) H. Sano, T. Shimizu, G. Mizutani, and S. Ushioda: "Images of cleaved GaAs(110) surface observed with a reflection optical second harmonic microscope", Journal of Applied Physics 87, in press (2000).
3) Y. Sonoda, G. Mizutani, H. Sano, S. Ushioda, T. Sekiya, and S. Kurita: "Ultra High Vacuum Optical Second Harmonic Microscope", Japanese Journal of Applied Physics, in press(2000).

他17報

(特許、受賞、招待講演等):
◆特許:国内1件
特開平9-272275「真空中試料顕微観察用カプリングレンズアセンブリー」
◆招待講演:国際1件、国内2件
国際学会
1. "Optical second harmonic spectroscopy of the TiO2(110)/H2O interface"
1998 Asian-Pacific Forum on Science and Technology (Nov. 1998)

国内学会
1. 「光第二高調波発生法による光触媒の研究」
  第13回化学反応討論会(平成9年5月29日)
2. 「非線形光学を用いた表面・界面の観測」
 大阪電気通信大学第6回シンポジウム(平成11年3月4日)


This page updated on March 30, 2000

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