研究課題別研究評価

研究課題名:巨大分子のナノ空間を利用する機能制御

研究者名: 相田 卓三


研究のねらい:
 三次元的に孤立化したナノメートルスケールの空間に閉じこめられた機能団は、外界との相互作用が抑制された環境にあり、様々な相互作用が複雑にはたらいている媒体中とは異なる挙動を示すことが期待される。本研究では、多分岐樹木状高分子「デンドリマー」が提供するナノメートルスケールの構造を利用し、三次元的に孤立化した空間内における新機能の発現を目指すものである。特に、化学的に高い反応性を有する機能団を物理的に孤立化することによる反応性制御を目標の一つとする。
研究結果及び自己評価:
 本研究で得られた代表的な研究成果を以下に示す。
1) デンドリマー組織によって孤立化した二種類のポルフィリン誘導体を静電相互作用により自発的に組織化させることにより、ミクロンスケールの光機能性分子集合体を得た。この集合体内では、正・負の表面電荷を有するデンドリマーが規則正しく交互に配列しているため、二種類のポルフィリン誘導体の間で極めて効率的な光誘起エネルギー移動が起こることを見いだした。この事実は、ナノメートルスケールの精度で設計された光機能性材料設計の新しい指針を提供するものである(Angew. Chem.)。
2) 巨大な球状の空間形態を有するポリベンジルエーテルデンドリマーに内包されたアゾベンゼンが、デンドリマー組織が吸収する低波数フォトンを多数吸収し、異性化する現象を見いだした。詳しい検討から、デンドリマー組織の大きさと空間形態がこの現象に決定的な影響を及ぼしていることを見いだした。これまで利用されなかった光エネルギーを化学エネルギーとして利用するための新しい可能性を示した(Nature、Thin Solid Films)。
3) 巨大な球状の空間形態を有するポリベンジルエーテルデンドリマーに内包されたポルフィリンが、デンドリマー部分で紫外光を効率よく捕集し、その励起エネルギーをコアのポルフィリンに極めて高い効率で送り込むことが分かった。この場合もデンドリマーの空間形態がエネルギー移動効率に決定的な影響を及ぼすことが明らかになった。蛍光偏光解消の実験から、デンドリマー組織が球状の空間形態を有する場合、励起エネルギーが一瞬のうちにデンドリマー組織全体に広がり、その後、コアのポルフィリンに移動することが分かった。光合成細菌のアンテナ部位が利用しているトリックと類似の機構が存在することが判明した(JACS)。
4) 無脊椎動物における酸素運搬・貯蔵を担っているヘモシアニン(酸素架橋複核銅クラスター)の人工モデルを銅イオンをコアに有するデンドリマーの酸素雰囲気下における自発的組織化で合成することに成功した。これまでに合成されている酸素含有ヘモシアニンモデル錯体はいずれもその高い反応性のために極めて不安定であったのに対し、本研究の錯体は、酸素架橋複核銅クラスター部分がデンドリマー組織により空間的に孤立化しているため、物理的な安定化がもたらされており、その寿命はこれまでのチャンピオンデータとなった(JACS)。
5) 核酸塩基(チミン)からなるデンドリマーを合成した。このデンドリマーは、選択的な光励起によるチミンの環化二量化と解離により、デンドリマー構造中に鍵をかけたり、あけたりできる。従って、このデンドリマー内部に進入した基質を完全に閉じこめることが可能である。この意味において、核酸塩基デンドリマーは、閉塞ナノ空間の化学のさらなる展開における重要なモチーフとなり得る。さらに、このデンドリマーが希土類イオンをその組織中に強力に取り込むことを見いだしており、今後、光環化二量化と組み合わせることにより、新しい材料科学への応用が期待される(論文2報投稿中)。
 以上、明確な空間形態を有するデンドリマーの特徴を生かしたアプローチにより、いくつかの全く新しい現象を見いだすことに成功した。特に、デンドリマーの光捕集アンテナ機能(研究項目2,3)は、これまでになかった新しい光エネルギー変換技術を提供すると期待される。しかし、この3年間の研究を通じて、研究が現象論的な部分から踏み出せなかったことは否めない。即ち、光物理化学的アプローチにより、その仕組みや本質を解き明かすには至らなかった。この研究には、合成を主体とする研究グループと光化学・物理の研究グループとの有機的な共同研究が必須であると考えられるが、研究期間内にそのようなよい連携関係を構築することができず、残念である。しかし、現在、幸いにも、光物理を専門とするグループとの共同研究の道が開けており、今後、この現象の本質が解き明かされるものと期待している。一方、高反応性化学種の孤立化に直接関係する項目4の研究では、三次元的なナノ空間により物理的に安定化された酸素架橋銅クラスターの構築に成功し、不安定なクラスターを触媒として利用できる可能性は示せたものの、実際にそれを用いた触媒的酸素添加反応を実現するに は至っていない。美しい超分子構造の構築は、確かにナノ化学のトレンドではあるが、それに新たな機能がなければ、所詮ゲームにすぎない、という意味もある。今後の研究では、そのような化学種を利用した選択的物質変換反応に挑戦したいと考えている。研究項目5では、ナノスケールの構造体に分子内で鍵をかけ、閉塞空間を構築する新しい方法論を提案したが、これはまだ研究の途中段階にあり、具体的なアウトプットを出すには至っていない。また、光環化ニ量化が瞬時には起こらず、比較的長い光照射が必要である、という問題点も抱えている。このような点を今後の研究で克服し、閉塞空間を実現するための戦略的モチーフとして利用して行ければ、と考えている。研究項目6は共同研究であるが、我々が考案した水溶性デンドリマーが期せずして医療分野に利用できることが分かり、今後のさらなる展開に期待が寄せられる。最後に、研究項目7は、デンドリマーを用いる三次元的孤立化の新たな可能性を示したものと考えているが、水素の発生効率は必ずしも高くはなく、今後、デンドリマー組織のチューンアップが必要である。
領域総括の見解:
 自己評価で述べられている共同研究グループの構築ができなかった反省は、さきがけ研究21としては必ずしも期待している研究の発展方向ではなく、個人研究としては非常に高い水準に到達しえたといえよう。特に、光エネルギーのアンテナ捕集についてはまさに大きなグループによる集中的な研究の発展が期待される段階にある。
主な論文等:
(1) Electrostatic Assembly of Dendrimer Electrolytes: Negatively and Positively Charged Dendrimer Porphyrins.
Tomioka, Nobuyuki; Takasu, Daisuke; Takahashi, Toshie; Aida, Takuzo
Angew. Chem., Int. Ed. 1998, 37, 1531-1534.
(2) Photoisomerization in Dendrimers by Harvesting of Low-Energy Photons.
Jiang, Dong-Lin; Aida, Takuzo
Nature 1997, 388, 454-456.
(3) A New Approach to Light-harvesting with Dendritic Antenna.
Aida, Takuzo; Jiang, Dong-Lin; Yashima, Eiji; Okamoto, Yoshio
Thin Solid Films 1998, 331, 254-258.
(4) Morphology-Dependent Photochemical Events in Aryl Ether Dendrimer Porphyrins: Cooperation of Dendron Subunits for Singlet Energy Transduction.
Jiang, Dong-Lin; Aida, Takuzo
J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 10895-10901.
(5) Self-Assembly of a Copper-Ligating Dendrimer that Provides a New Non-Heme Metalloprotein Mimic: "Dendrimer Effects" on Stability of the Bis(μ-oxo)dicopper(III) Core.
Enomoto, Masashi; Aida, Takuzo
J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 874-875.
(6) Dendrimer-Encapsulated Iron Porphyrin as a Novel Hemoprotein Mimic for Dioxygen Binding.
Jiang, Dong-Lin; Aida, Takuzo
J. Macromol. Sci., Pure Appl. Chem. 1997, A34, 2047-2055.
(7) A Photocrosslinkable Dendrimer Consisting of a Nucleobase
Tominaga, Masahide; Konishi, Katsuaki; Aida, Takuzo,
Chem. Lett., submitted.

(特許、受賞、招待講演等):
◆特許:国内 2件
  特願2000-17662「イオン性ポルフィリン化合物」
  特願2000-17663「高分子ミセル構造体」
◆受賞:
(1) SPACC Award(1998)
(2) Wiley高分子化学賞(1999)
(3) 日本IBM科学賞(1999)

◆招待講演(国際会議のみ):
(1) Gordon Research Conference on Dynamic Processes in Organic Materials
(New England,1998)
(2) Gordon Research Conference on Polymers (New England, 1998)
(3) Gordon Research Conference on Organic Structures and Properties(Fukuoka,1998)
(4) IUPAC Macromolecular Symposium (Gold Coast, 1998)
(5) ACS National Meeting (Las Vegas, 1998)
(6) ACS National Meeting (San Diego, 1999)
(7) Israel-Japan Bilateral Symposium (Jerusalem, 1999)
(8) 12th International Conference on Dynamical Processes in Excited States of
Solids (Puerto Rico, 1999)
(9) ACS National Meeting (New Orleans, 1999)
(10) SPACC Meeting (Hong Kong, 1999)
(11) 5th International Symposium on Polymers for Advanced Technologies(Tokyo,1999)
(12) 1st International Dendrimer Symposium (Frankfurt, 1999)
(13) 1999 International Conference on Luminescence and Optical Spectroscopy of Condensed Matter (ICL'99) (Osaka, 1999)
(14) 62nd Okazaki Conference, Co-organizer for Structural Hierarchy in Molecular Science, from Nano- and Mesostructures to Microstructures (Okazaki, 1999)

This page updated on March 30, 2000

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