研究課題別研究評価

研究課題名:小鳥の歌から言語の起源へ
ー生成文法を表現する脳のしくみと進化ー
 

研究者名:岡ノ谷 一夫 


研究のねらい:
 小鳥の歌は学習によって修得される音声信号であり、ヒトの言語と類似した淘汰圧のもとに進化した行動であると考えられる。なかでも鳴禽類カエデチョウ科に属する小鳥であるジュウシマツは、要素配列の複雑な歌をうたうことから、歌の文法規則を進化させた種ではないかと思われる。この研究では、ジュウシマツの歌を生成する文法規則を抽出し、それがどのような脳内表象で可能となっているのかを解剖学的に明らかした。また、ジュウシマツの歌をその祖先種の歌と比較し、文法的な産出規則が進化した原動力を探った。
研究結果及び自己評価:
 ジュウシマツの歌の詳細な分析から、各個体の歌はいろいろなレベルの複雑さをもった有限状態規則で表現されることがわかった。歌の最小単位である要素が2-5個組合わさってチャンクを構成し、さらにそれぞれのチャンクが複数の組合わせをとって複数のフレーズを構成する。ジュウシマツはさらに、これらフレーズをいろいろな順番でうたう。図1
の例では、要素はa、b、cなど、チャンクはA、B、C、フレーズはABAやABCAなどにあたり、状態はS0,S1などである。小鳥の大脳には歌の直接制御に関わる神経核が3つあり、高次なものから順にNif, HVC, RAと呼ばれている(図2)。これらの神経核を個別に破壊し歌の変性を調べることで、階層的な脳構成と階層的な歌構造の対応を探った。Nifの両側破壊ではフレーズを配列する順番が固定化した。HVCの両側または左側破壊では歌は完全に崩壊した。左HVCの部分的な破壊を試みると、歌を構成する要素自体の数と形態には変化がなかったが要素の組み合わせであるチャンクのうちいくつかが欠落した。左RAの破壊では基本周波数が1.5kHz以上の歌要素のうちいくつかが欠落し、右RAの破壊では1kHz以下の歌要素がいくつか欠落した。以上から、歌の階層構造と大脳神経核の階層構造とが対応していることが明らかとなった。

A = dddef, B=ghi, C=abc
図1 歌の有限状態文法
図2 鳥の脳の歌制御系
 なぜジュウシマツの歌はこのような複雑さを持っているのだろう? ジュウシマツは野生種であるコシジロキンパラを250年前に家禽化して作出された亜種である。野生種の歌を解析してみると、ジュウシマツとは異なり完全に線形な歌をうたうことがわかった。したがって、歌の変化は家禽化に伴い生じたことになる。歌はオスによるメスへの求愛として機能する。巣材運び行動を指標にしてメスの歌の好みを測ると、コシジロキンパラのメスもジュウシマツのメスも、線形な歌やランダムな要素配列を持った歌よりも有限状態文法により産出された歌をより好むことがわかった。したがって、複雑な歌をうたう能力とオスの繁殖力とが相関することからまず進化が始まり、メスの感覚系に生じた文法規則への好みにより、これが加速されてきたと考えられる。
 本研究開始時点では、「鳥の歌の生成文法」という表現自体が大きな批判にさらされた。しかし、研究が進むにつれ私の話が真面目に受け取られるようになり、今では文系・理系の枠を越えたところで評価されつつあるという手応えを得ている。当初は自分でも荒唐無稽ではないかと思われたテーマであったが、250年という短期間に生成文法を獲得したジュウシマツのほうが私より一枚上手であった。脳と行動の研究としてスタートしたものが進化と適応の問題をも包含するようになり、結果として「ティンバーゲンの4つの質問」すべてに答える広範な研究となったが、脳と行動の理解には適応と進化の視点が不可欠であることを身をもって学ぶことができたのは大きな収穫である。このテーマをさらに追求し、言語の起源について生物学的に妥当な仮説を提案したい。
領域総括の見解:
 ジュウシマツの歌が、最小単位の音素、音素の集まりであるチャンク、チャンクの集まりであるフレーズという階層構造に分けられること、フレーズを組み合わせて歌を生成するときに、文法規則のあることを行動実験から明らかにした。一方、歌の制御に関わる3つの大脳神経核について破壊実験を行い、その階層的な神経構築が、歌の階層性に対応することを明らかにした。さらに、複雑な歌に対してメスがより強く応答するという行動実験から、歌や言語が性選択によって進化したという仮説を提出している。この仮説は、かなり大胆なものであるが、荒唐無稽とは言えない。今後、この仮説が立証され、それによって文法的な階層構造をもった歌がどのような仕組みで産出・認知されるかについての研究が前進することが大いに期待される。特に、これまで具体的なモデルを構成することが難しかった言語の学習と制御の脳モデルに新たな枠組みを与え、ヒトの言語の進化についての全く新しい考え方につながると思われる。
主な論文等:
Okanoya, K., Tsumaki, S., Honda, E.: Perception of temporal properties in self-generated songs by Bengalese finches. Journal of Comparative Psychology, Revision submitted.
Honda, E., Okanoya, K.: Acoustical and syntactical comparisons between songs of the white-backed munia and its domesticated strain, the Bengalese finch. Zoological Science, 16, 319-326, 1999.

招待講演:国内4件、国際1件
「鳥の歌生成と感覚フィードバックの脳内表現」、重点領域「高次脳機能のシステム的理解」第2回夏のワークショプ(1997)
「鳥の歌生成と感覚フィードバックの脳内表現」、京都産業大学工学部 記憶の形成と保持:鳥の歌認識シンポジウム(1997)
「小鳥の歌と聴覚:耳はどのように歌をガイドするか」、嗅覚研究会第2回研究発表会特別講演(1997)
「鳥の歌の生成文法とその脳内表現」、日本音声医学会会長招待講演(1998)
「Finite-State Syntax in Bengalese finch song: From birdsong to the origin of Language」、International Congress of Cognitive Sciences、総合研究大学院大学国際シンポジウム(1999)

This page updated on March 30, 2000

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