研究課題別研究評価

研究課題名:手続き的知識としての問題解決とその脳内機構
ーサルとヒトの知を探るー

研究者名: 虫明 元


研究のねらい:
 問題解決とは、ある目標達成のための、一連の認知的な手続きを見出すまでの過程として定義する事ができる。これには、身についている知識を、新たな目標のために、柔軟に再構成する能力が必要である。 従来から、固定的な連合学習をする場合の脳内機構の研究はされてこなかったが、 柔軟性を必要とする問題解決の脳内機構についてはほとんど分かっていない。そこで、本研究は、二つの疑問点からこの問題にアプローチする事にした。まず、問題解決を手続き的な知識の柔軟な使用とした場合に、どのような行動上の特徴が見られ、それを脳の神経細胞活動の現象として解析できないかという疑問点である。ついで、大脳皮質の中に、手や眼に関する関連領野が多数存在する事が明らかになりつつあるが、なぜこのように多数の領域が存在するかという疑問点である。これらを結び付ける機能仮説として、つぎのような仮説を立ててみた。手や眼を、手続き的知識の、いわば‘道具’として用いる事によって、さまざまな状況で認知的な行動制御をすることで問題解決を行うことができ、そのために多数の大脳皮質領野が、手や眼に関して機能分散的な機構として必要となるのではなかろうか、という仮説である。 これを確かめる第一歩として、本研究では、サルとヒトとで、共通に用いられる問題解決課題として、迷路課題を考案して、神経生理学的手法とfMRI法を用いて比較検討しながら、融通性のある知としての問題解決の脳内機構を研究することにした。
研究結果及び自己評価:
 サルに関しては、どのような戦略で迷路課題を行っているかを、まず分析した。サルはどのようにして経路を決定しているのかを見る目的で、複数の最短路がある課題で、中心からスタートして8方向のゴールに向かう課題をさせた。ひとつの可能性としては、サルは、ゴールの指示から、迷路の空間的な視覚情報を利用せずに、手順を直接手の運動の順序として連合学習している可能性がある。もうひとつは サルは迷路の空間的な視覚情報からいわば‘推論’して、まず経路を決めて、これに沿ったカーソルの運動を行うために、手の運動順序を決めている可能性がある。このどちらの戦略を取っているかを調べるために、複数の経由点のどちらを選択する確率が高いかを調べた。すると、サルは、ある特定の経由点を通る経路を選択する確率が非常に高い事が判明した。しかも、カーソルと手の運動の関係を変えても、同じ経由点を通る経路を選ぶ確率が高い傾向がみられた。これらの結果から、サルは予め経由点(サブゴール)を定めて、これを通るように運動を決めている可能性が高いことが示唆された。さらに、障害物で経路を遮断したときも、高い頻度で最短路を見出せるという行動解析の結果が得られ、経由点の選択には融通性があることが示唆された。
 一方、ヒトで同様の課題を用いて、fMRIで大脳皮質の活動をモニターすると、前頭前野、高次の運動関連領野、頭頂葉に活動が見られ、問題解決に関連した領野の分布から、ヒトに於ける、経路選択課題に関連した領域が明らかになった。さらに、経路選択の条件を変える事で、大脳皮質内側面の領野は、活動焦点が前後に分かれ、このような事から、前後に補足運動野、前補足運動野が同定でき、前補足運動野は、機能的に、より柔軟な課題の解決が必要な場合に活性化する事が判明した。
 問題解決行動に伴う脳機能というのは新しい挑戦的なテーマです。AIなどの工学的な知が進歩する中で、人間やヒト以外の霊長類における知の融通性という側面を神経生理学的に研究する際には、生物学的な脳の知は、どのように科学的に研究されるべきか、また何をどう説明することが、我々にとって理解した事になるかという基本的な問いが、いつも問題になる。このような事を念頭に置きつつ、本研究のために新しいシステムを構築し、まだスタートにたったばかりではというのが実感である。現在、問題解決行動における、手と眼の運動制御の脳の分散処理系からの寄与という立場から研究を進めており、脳―身体―環境の三者の循環的な関係に着目しつつ、問題解決の脳機構を明らかにしつつある。

  
領域総括の見解:
 サルに迷路課題を与え、その行動を解析することによって、ゴールに至る手順を手の運動として学習しているか、視覚的に経路を決めて、それを実現するように手を動かしているかを調べた。その結果、後者である可能性が示された。また、サルが迷路の変化に対し適応的に対応できることが示された。一方、同じ課題をヒトに与えたときの脳の活動をfMRIを用いて測定し、経路選択課題に関連した活動を、運動前野、補足運動野、前頭前野、頭頂葉などで見出している。この結果から、高次の課題解決には、階層的に構成された手続き的知識が、目標手段的な関係に従って順次動員されるという仮説を立てている。興味深い仮説であるが、その実証のためには、今後、多くの研究が必要である。むずかしい課題へのあえての挑戦であり、地道な研究を続けて所期の目的を達成して欲しい。
主な論文等:
Mushiake, H., et. al. (1998) Behavioral analysis of a path-finding task performed by Japanese monkeys. Soc. Neurosci. Abstr.24:
Mushiake, H., et al (1999) Activation of human motor-related cortical areas during a path-finding task: a functional magnetic resonance imaging study Soc. Neurosci. Abstr.25:
虫明 元 (1998) 前補足運動野と手の運動のプランニング 神経研究の進歩 42:39-48

This page updated on March 30, 2000

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