「知と構成」研究領域活動・事後評価報告書
-平成11年度終了研究課題-

平成12年2月15日
領域総括 鈴木 良二

1. 研究領域の概要
 知覚・認識・理解・問題解決などの高度で柔軟な「知」の働きに着目し、その発現のメカニズム(構成)を神経科学、数理科学などさまざまな視点から追求するものです。具体的には、神経細胞、脳神経系さらには行動そのものを対象とし、「知」の発現につながる物質、構造、理論などを明らかにする実証的あるいは理論的研究を含むものです。
2. 研究課題、研究者名
別紙一覧表参照
3. 選考方針  
選考の基本的な考え方は以下の通り。
1)基礎的な研究(理論的研究を含む)を対象とする。
2)独創的な発想に恵まれ、活力に富み、みずから研究を実施する者を優先する。
 具体的には、
1)新しい発想をもった人 2)これから新しい分野を創る。すなわち、今流行の研究ではなく、これから流行となる研究分野を切り拓いてくれそうな人 3)今、伸びざかりの人を採用した。
4. 選考の経緯
審査 書類審査 面接審査 採用者数
対象数 144人 21人 11人
5. 研究実施期間
平成8年10月~平成11年9月
6. 領域の活動状況
領域会議:14回
研究報告会:東京3回、大阪1回
領域総括の研究実施場所訪問:研究開始に際し全研究者訪問。その後研究場所を変わった際に真剣級場所を訪問。
7. 評価の手続き
領域総括個人が研究者からの報告・自己評価を基に領域アドバイザーの協力を得て行った。
(評価の流れ)
平成11年9月 研究期間終了
平成11年11月 研究報告会を東京で開催
平成11年12月 研究報告書及び自己評価提出
平成12年1月 領域総括による評価
8. 評価項目
(イ) 外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
(ロ) 得られた研究成果の科学技術への貢献
9. 研究結果
 「知と構成」領域3期研究者11名が3年間の研究期間を終えた。ここに領域としての研究結果の概要と評価を記す。
 「知」が脳の高次のはたらきであるという立場から、本領域では、脳の構成要素である神経細胞をはじめとして、「知の階梯」を上にたどり、神経ネットワーク、個体、集団(社会)での情報の表現、伝達のメカニズムと、これらのメカニズムが形成されるプロセス等が研究対象としてとりあげられた。その手法は、神経生理学、遺伝子工学、分子生物学、生化学、認知行動科学、数学モデル、情報工学など、多角的であり、特に、現象の視覚化をめざした新しい実験的手法が開発され活用された。
 3期生のとりあげた対象は、「知の階梯」の基部に位置する細胞から始まり、昆虫のような微小脳を経て、鳥、サル、人の高次脳に至っている。 細胞レベルの研究としては、低浸透圧溶液に晒された細胞が一旦膨張し、元の容積に復帰する現象で、1個の細胞がどのようにして自分の形を知り、調節できるのか、そのメカニズムの中心とな細胞内シグナル伝達経路と構造的基盤の解明に取り組んだ研究(小畑) 、運動学習の基盤と考えられている小脳シナプスの長期抑圧現象でのNOの役割について、その拡散性に着目した新しい仮説を検証する試み(岡田)、遺伝子が脳の記憶や認識とどうつながるか、遺伝子蛋白質が脳の情報をどう表現しているのかに興味を持ち、そのために、培養中枢神経細胞に簡便に遺伝子を導入し、液性蛋白質の神経細胞上での蓄積・放出の過程を可視化する手法を開発した研究(小島)、神経細胞とともに脳内に存在するミクログリア細胞の役割が、従来いわれていた「単なる掃除屋」ではなく、神経細胞その他の細胞と協調的にはたらいて脳の構築や、記憶・学習という脳の高次機能の発現に関わっているという新しい考えを導き出した研究(沢田)が行われた。
 微小脳の研究の対象としては、カイコ蛾と蜜蜂がとりあげられた。カイコ蛾のメスの放出するフェロモンに対するオスの定位行動を支配する神経機構を詳細に分析し、微小な脳を持つ昆虫が、いかに複雑に変化する環境情報を処理し、適応的に行動できるかを明らかにした研究(神崎)、蜜蜂については、異物や巣仲間に対して示す特異的な行動の観察と異物・巣仲間の認識に関わる情報化学物質の同定、働きばちの社会性分業を制御するメカニズムを幼若ホルモンに着目して明らかにしようとした研究(笹川)が行われた。ここにとりあげられた2種の昆虫においては、仲間とのコミュニケーションに化学言語が使われている。前者では個体内の情報処理のメカニズムが、後では社会的な役割が取り上げられた。この二つのアプローチが今後統合されることによって新たな研究が展開されることを期待したい。
 「知の階梯」を次に登ると、ジュウシマツの歌学習の研究(岡ノ谷)となる。ジュウシマツの歌に、人間のことばのような文法構造のあることを見つけ、言語の文法構造の本質を、神経レベルで研究するには、鳥を使うことが最適な研究戦略であるとの立場から、ジュウシマツの歌学習の脳内機構や進化のプロセスの解明に取り組み、ジュウシマツの歌文法が、メスの性選択によって進化したという興味深い成果を出している。
 さて、「知の階梯」の上層の研究としては、サルと人を対象とした3つの研究が行われた。サルに迷路を通り抜ける経路を計画させたり、規則を発見する課題を与え、その時の運動前野、補足運動野、前頭前野の神経細胞の行動を記録し、皮質間の相関などの解析を通して、この課題での脳の活動のダイナミクスを明らかにしようとする研究(虫明)、同じく、サルを対象に、眼球運動を用いた遅延反応課題と条件性遅延反応課題を行わせたときの、前頭連合野の複数の神経細胞の活動を同時記録し、一種の相関分析の手法を用いて、作業記憶と呼ばれる脳の働きのダイナミクスを明らかにしようとする研究(船橋)、および、二つのものが重なって一方が他方の一部を隠蔽したとき、われわれは、隠蔽された部分をつないで連続したものとして感じ取ることができる。この感覚が視覚1次野で生じていることを、両眼視差を利用し、サルを対象とした実験パラダイムで実証した研究(杉田)である。これらの課題を、人を直接の対象として行うときは、脳の活動に関しては、非侵襲的な計測手法を用いる必要があり、fMRI,PET,MEG,光トポグラフィーなどが利用されてきたが、より有効な非侵襲的 計測手法の開
発が望まれる。
 最後に、3期生のなかで、唯一、工学的応用を目指した研究として、無配線分子コンピュータの研究(青木)がとりあげられた。大規模集積回路での配線の複雑さに起因する性能限界などの困難を解決する手法の一つとして、酵素トランジスタと反応拡散系を利用した無配線の分子コンピューティング集積回路の可能性が示されている。
 1期生、2期生についても言えたことであるが、ここに概要を紹介した3期生の成果も、個人研究として、研究室やフィールドでの、個人の「努力」に多くを依っていることは当然である。と同時に、領域会議での「異質の知」との議論の成果であるともいえる。遺伝子工学の手法の得意な人から、数学に強い人まで、多彩な顔触れの集まった領域会議での議論のなかで、それぞれの研究に生かせるアイデアや技術が積極的にとりこまれた。
  11月に開かれた研究報告会には、企業、大学、国立研究所、財団その他から160名以上の出席を得て、111の方からアンケートへの回答をいただいた。それによると、研究内容に関しては、「多方面に重要な研究がなされており、おおいに希望がある」「おもしろい研究が多く、感心した。今後の発展を祈る」「たいへん興味深かった。研究者のレベルの高さに驚嘆」「3年間という短い期間にそれぞれ大変な成果をあげられたよう。今後の展開を期待する」との評価とともに、「さきがけ研究21」でのこの分野の継続を望む声もあった。一方で、「思わず、はっとするものはなかった」「研究費のコストパフォーマンスを明らかにするためにも、この3年間での成果を明示すべき」という厳しい指摘もあった。
 1月には、最後の領域会議を「国際ワークショップー脳、心、知」として欧米から 5名の若手で活躍する研究者を招いて開催した。 そこに於いて、本領域の目指したことと、研究成果を報告し、欧米の研究者から、高い評価を得ることができた。
 この3年間を通じて、多彩な顔触れの集まった領域会議や彼らが形成したネットワークを通しての議論が、 新しい「知」の創造に重要な役割を果たしたことは間違いない。そういう意味でも「さきがけ研究21」は、基礎科学を育成する大切な仕掛けの一つといえる。
10. 評価者
領域総括:鈴木 良次

領域アドバイザー氏名(肩書きは現職)
安西 祐一郎 慶応義塾大学 理工部長
乾 敏郎  京都大学大学院 情報学研究科 教授 
臼井 支朗 豊橋技術科学大学 情報工学系 教授
曽我部 正博 名古屋大学大学院医学研究科 教授
田中 啓治 理化学研究所 脳科学総合研究センター グループディレクター
渕 一博  慶応義塾大学 理工学部 教授
星宮 望 東北大学大学院工学研究科・工学部 教授
三木 直正 大阪大学 医学部 教授
三宅 なほみ 中京大学 情報科学部 教授

参考



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