研究課題別研究評価

研究課題名:新しい転写調節因子ファミリーと細胞分化

研究者名: 細谷 俊彦


研究のねらい:
 神経系は情報伝達を担うニューロン(神経細胞)と補助的機能を担うグリア細胞とから形成されている。ニューロンとグリアは多くの場合共通の前駆細胞に由来するが、分化の分子機構は明らかでなかった。私はショウジョウバエ神経系において、グリア分化決定を制御する転写調節因子gcmを発見した。gcm は新しい転写調節因子ファミリー(gcmファミリー) の一員であることが明らかとなったため、本研究ではこのファミリー遺伝子の機能を調べることにより、グリアを中心とした細胞の分化機構を探ることを目的とした。
研究結果及び自己評価:
  研究結果
 gcm ファミリー遺伝子をショウジョウバエで2つ、マウスとヒトでも2つずつ単離した。いずれもDNA結合部位に高い相同性を持ち、進化的に類縁関係にある分子であった。
 ショウジョウバエ血球系はメラニン産生を担うクリスタル細胞とマクロファージとからなり、gcm はマクロファージで発現しその分化を制御していることがわかっている。ショウジヨウバエのgcm 類似遺伝子dGCM2は、一部のグリアに加えてgcmと同様に血球で発現があった。gcmとdGCM2の両方を含む領域を欠失した系統では、gcm 単独欠失に比べてマクロファージの異常が強いことから、gcmとgcm 2は共同でマクロファージの分化をコントロールしている可能性が高いと考えられた。現在この可能性を検証する実験を行っている。ショウジョウバエgcm は転写調節領域と予想される部位にGATA因子の結合配列を持ち、実際にマクロファージでの発現はGATA因子に依存している。またgcmはマクロファージにおいてマクロファージ受容体の発現をコントロールしている。GATA因子、マクロファージ受容体ともに哺乳動物と共通なので、中間に位置するgcm も保存しているかもしれない。  
 マウスgcm のーつmGCMaをハエで強制発現すると、神経系の細胞をグリア化する活性をもったことから、転写調節因子としての性質は似ていると考えられた。mGCMaは胎盤で強い発現が見られるほか、胎仔脳でも発現が見られたが、アストロサイトやオリゴデンドロサイトとの一致は確認できなかった。マウスのもうーつのgcm 遺伝子であるmGCMbも神経系でごく弱い発現が見られたが、やはりアストロサイトやオリゴデンドロサイトとの一致は確認できなかった。
 従ってショウジョウバエではgcm ファミリー遺伝子が、神経系と血球系の両方において、特定の細胞種の分化制御を行っていることを示唆する結果を得られた。今後はこれらの細胞の分化カスケードのどの部分にgcm ファミリー遺伝子が位置するのかをさらに詳しく明らかにする必要がある。ショウジョウバエ以外でも細胞種決定因子といえる機能を持つか否かが大きな課題となる。

 自己評価
 本研究は次のような経緯をたどった。研究開始時には、gcm は細胞種決定の上位に位置するので保存する可能性が高いと思われたことと、実際にマウスのgcm がRT-PCR では胎仔脳で検出できたことから、哺乳類神経系での機能解析を主眼としていた。ところがその後生理学研究所の岩崎博士との共同研究や、自分で行ったin situにおいても、確かに検出はできるが、知られているアストロサイトやオリゴデンドロサイトのパターンとは一致しなかった。一方他のグループによってハエgcmが血球系の2種類の細胞のうちマクロファージの分化を担うことが示された。ハエの新しいgcm 型転写調節因子gcm2も血球で発現していることが分かったので、これら2つの遺伝子の血球系での機能を解析することとした。
 本研究の結果として、新しい遺伝子ファミリーを発見し、これらが転写調節因子ファミリーであることを示すことができた。少なくともショウジョウバエにおいては、神経系と血球系の両方において特定の細胞種の分化に重要な役割りを持つことを示唆できた。神経系と血球系における標的遺伝子群は共通なものと異なるものがあると予想されるが、これらの調節がどのようになされているかは今後の課題として興味深い。また血球系の分化システムは系統発生的に古いことが明らかとなりつつあり、gcmの血球系における機能がどの程度古いのか、特に哺乳類でも保存しているのかなど、興味深い今後の方向を提示することができた。
 一方、反省すべき点は多々あるが、特に当初の目標であった哺乳類での機能については、多くの方々の協力を得たにも関わらず、大部分が今後の課題として残されることとなってしまった。またショウジョウバエの血球系についても着手がおくれ、研究期間終了時でも未だ示すべきことが残ってしまった。いずれも当初の方針に集中し過ぎていた結果、他の可能性への柔軟な対応を欠いたことに一因がある。必ずしも期待通りの結果が直ちに得られなかった場合どの段階で他の可能性を検討し始めるか明確にしておくべきであった。高額の援助を得ているにも関わらずなかなか期待通りにいかないことへの焦りから心理的に悪循環に陥っていた面も正直いって大きかった。合理的な柔軟性を維持し続けるように努力するようにしたい。
 今後は血球系での機能についてできるだけ早く必要なデータを集め数カ月以内に発表できる段階に持ち込むつもりである。その後は生物学を始めた当初からの目標であった、細胞特異的な遺伝子操作と定量的な電気生理学を組み合わせることによる神経ネットワークの動作の解析を目指すため、留学する予定である。
領域総括の見解:
 神経幹細胞が、神経細胞とグリア細胞に分化して行くが、その分化制御にかかわる転写調節因子gcm が、他の臓器、例えば造血幹細胞の分化でも働くことを明らかにした。これから外国留学により更に研究の巾が広がることが期待される。結果として当初の目標から少し外れたが、新しい遺伝子ファミリーの発見とそれらの転写調節因子の意義を明らかにできた点は評価できる。
主な論文等:
  • 細谷俊彦,藤岡美輝,James B.Jaynes, 広海 健,ショウジョウバエのRunt, Lozengeによる分化制御.蛋白質核酸酵素,45, 7 - 12 (2000)
  • Akiyama-Oda, Y., Hosoya, T., and Hotta, Y., Asymmetric cell division of thoracic neuroblast 6-4 to bifurcate glial and neuronal lineage in Drosophila. Development, 126, 1967 - 1974 (1999)
  • Akiyama-Oda, Y., Hosoya, T., and Hotta, Y., Alteration of cell fate by ectopic expression of Drosophila glial cells missing in non-neural cells. Dev. Genes Evol., 208, 578 - 585 (1998)
  • Akiyama, Y., Hosoya, T., Poole, A.M., and Hotta, Y., The gcm-motif: A novel DNA binding motif conserved in Drosophila and mammals. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 14912 - 14916 (1996)

This page updated on March 30, 2000

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