研究課題別研究評価
研究のねらい: | ||
動物の発生過程では様々な細胞が時間的および空間的に制御された移動を行い、組織や器官の形成を行う。細胞や神経軸索の移動方向のガイドに関わる分子やその受容体が幾つか知られるようになってきた。しかし移動方向制御の分子機構はまだまだ未解明のままである。本研究では線虫C.elegansの生殖巣形態形成をリードするdistal tip cell(DTC)の移動をモデル系として、遺伝学的アプローチによる分子機構の解析を目的とした。 | ||
研究結果及び自己評価: | ||
distal tip cell(DTC)が正常な軌道を外れて蛇行する表現型を示す変異体を多数分離し、少なくとも9種類の遺伝子が関与することを明らかにした。この中でmig-17遺伝子のクロ-ニングに成功した。mig-17はADAM
familyに属する新規な分泌型メタロプロテアーゼ(MIG-17 と命名) をコードすることが分かった。GFP
融合遺伝子による解析の結果、MIG-17は体壁筋で生産・分泌され、3令幼虫期にDTC
が背側方向に方向転換を行った後、DTC を含む生殖巣表面の基底膜に局在することが分かった。この局在の時期はmig-17変異体におけるDTC
移動異常が現れる時期に一致している。MIG-17のdisintegrin-like(DI)domainを除くと生殖巣表面には局在できなくなることから、MIG-17はDI
domainを介して生殖巣表面の受容体に結合することが予想された。このようなDI
domain 結合タンパク質遺伝子の候補としてdip-1(collagen)とdip-2(新規)が酵母two-hybrid
法で得られた。また興味深いことに、mig-27変異体はmig-17を相補することができず、MIG-17:GFP
の生殖巣への局在が見られなかった。MIG-27も有力な受容体遺伝子の候補である。 ADAM familyはここ5年ほどの間に明らかにされてきた新しいプロテアーゼfamilyであり、その発生・分化における役割が注目されている。MIG-17は細胞移動の方向調節に関与することが明らかになった最初のADAMタンパク質であり、発生過程におけるADAMの挙動が個体のレベルでこれほどはっきり示された例はない。本来は研究期間中に5種類程度は遺伝子のクローニングを行い、関連するタンパク質のリストアップを行う予定であった。しかしインジェクションレスキューによるクローニングが予想以上に困難を極めた。結果的にmig-17に集中することになったが、変異体の分離、クローニングから遺伝子産物の挙動まで一貫した解析ができ論文としてまとめることができた(投稿中)。 今後のことを考えると細胞移動研究に新たに参入した者として一つの売りができた意義は大きい。当然であるが、残りの変異遺伝子のクロ-ニングも分子機構の全体像を明らかにしていく上で必須である。研究期間の終盤にトランスポゾン挿入変異を生じるmutator 株を利用して変異の分離を開始した。ここで得られた2株のうちの1株はEMSで分離したmig-23と同じ遺伝子であることか分かり、トランスポゾンタギングでうまくクローニングできた。おそらくmutator 株による大規模な変異体のスクリ-ニングを行えばその多くがEMS変異から同定した遺伝子に落ちることが予想され、クロ-ニングも容易である。今後もC.elegansの持つ遺伝学的特性を生かした研究により、細胞移動の方向とさらに時期の調節についても踏み込んだ解析を行い、分子機構の全体像に迫りたい。 | ||
領域総括の見解: | ||
NECの企業研究所にあって線虫を用いた形態形成シグナル上の面白い研究をしている。 この3年間の努力で、ユニークな変異体と遺伝子のライブラリーを用いて研究が軌道に乗って来たところである。直接効果は期待が難しいだろうが、将来企業に役立つヒント-例えば、癌の転移など細胞移動に関係する疾患のメカニズムや治療-になると思われる。ユニークな研究であるが、さきがけの終了がやや早すぎた感じがあり、今後、さらに残された変異体の解析研究により細胞移動の分子機構解明について大きな成果を期待される。 | ||
主な論文等: | ||
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This page updated on March 30, 2000
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