研究課題別研究評価

研究課題名:白血病原因遺伝子としてのhomeobox遺伝子

研究者名: 中村 卓郎


研究のねらい:
 ホメオボックス遺伝子は、特定のDNA 配列に結合して標的遺伝子の発現を制御する転写因子をコードする。このうち、Hox 、Pbx、Meisファミリーにはヒトやマウスの白血病原因遺伝子であるものが存在する。Hox 遺伝子は、一般に幼若な骨髄細胞で一過性に発現がON/OFFされるが、Hox 遺伝子の発現異常が生じると、標的遺伝子の発現制御が乱れて血液細胞が幼若な状態で増殖して白血病化する可能性が考えられる。また、Hox はPbx/Meisと相互作用を示す可能性も考えられた。Hox 蛋白の血液細胞における標的遺伝子を同定し、どのような仕組みで血液細胞の分化と増殖に関与しているかを解明する。
研究結果及び自己評価:
 さきがけ研究を始めるに当たって、既にマウスとヒトの白血病におけるHox/Meis遺伝子の構造異常を明らかにしていたので、これらの構造異常の生物学的医学的意義を明らかにするため、以下のようなアプローチで研究を進めた。
1) ホメオボックス遺伝子による血液細胞の分化抑制作用:BXH2マウス白血病で異常発現のみられたHoxA, Meis の発現の骨髄細胞の分化における役割をマウス骨髄細胞32Dを用いて検討した。これらの遺伝子の発現は、32D細胞の顆粒球分化によってdown -regulateされ、またこれらの遺伝子の導入された32D細胞では、顆粒球分化が抑制されることが分かった。
2) ホメオボックス蛋白の相互作用:BXH2マウス白血病では HoxAとMeis遺伝子がco-activate しているので、ホメオボックス蛋白の相互作用を検討した。すると、Meis蛋白はPbx 蛋白と結合して標的配列を認識し、in vivo で主要な複合体として存在することが分かった。さらに、Meis蛋白がPbx-Hox-DNA 複合体に結合できることも示された。
3) 新しいヒト白血病原因遺伝子の同定:染色体転座t(7;11) (p15; p15) のあるヒト骨髄性白血病では、nucleoporin 遺伝子NUP98 がHoxA9とキメラ遺伝子を形成する。今回t(1;11) (q23; p15) を示すヒト骨髄性白血病で、NUP 98とPMX1が融合し、NUP 98のGLFGモチーフとPMX1のホメオドメインを有するキメラ蛋白を形成することが分かった。NUP98 のGLFGモチーフには転写活性化領域が存在し、この融合の結果NUP98-HoxA9 とNUP98-PMX19は、転写活性化因子となることが分かった。
4) 白血病細胞におけるHox 蛋白の標的遺伝子の同定: Hox蛋白の血液細胞における標的遺伝子を確実で網羅的に同定するための手段として、蛋白-DNAクロスリンキング/GFPレポーターアッセイ法を開発した。HoxA9とMeis1が活性化しているM1細胞、HoxB8とMeis2が活性化しているWEHI3B細胞から、この方法によってin vivoにおける結合配列を含むクローンを単離した。現在これらのクローンを解析しているが、M1細胞ではIrak-m遺伝子がHoxA9の標的遺伝子の一つであることが分かり、HoxA9がIL-1/NF-kB経路を活性化している可能性が考えられた。
 腫瘍における遺伝子変化の生物学的意義の解明、つまり発がん過程に原因遺伝子がどう関与しているかは腫瘍において遺伝子異常を発見した次の重要なステップである。今回この課題を白血病とホメオボックス遺伝子にあてはめて3年間の研究テーマとした。ホメオボックス遺伝子の分化抑制作用・蛋白間の相互作用・キメラ蛋白の機能について成果を得ることが出来た。新しいキメラ遺伝子の同定は今回の研究が産み出した副産物であるが、ヒトの疾患の原因解明に貢献することが出来たと考える。
 ホメオボックス遺伝子のような転写因子の機能を考えると、必然的に標的遺伝子の問題に直面せざるを得ない。このような標的遺伝子を多く同定することによってホメオボックス遺伝子の機能の本質に迫るというのがさきがけ研究に提案した時の大きな目標の一つであった。この点については、予想通り試行錯誤を繰り返しながら研究を進めたが、3年間で充分な成果を出すには至らなかった。しかしながら、この研究期間中に新しい方法を開発し、少数ながら候補遺伝子を同定できた。現在も引き続き作業を進めている。この方法による標的遺伝子の同定は、白血病とホメオボックス遺伝子に限らず、様々な転写因子に対象を広げることが可能なので、転写因子の生物学的役割をより大きな観点から捉えるのに役立つのではないかと考えている。
領域総括の見解:
 がんの病理学における分子生物学研究者として実績をつんでおり、分化制御因子をコードする遺伝子の組換えによる発癌、特に白血病原因遺伝子の異常発現について生物学的意義の解明に関して成果をあげている。今後、がんの分子病理学の発展に重要な役割を果たして行くと期待している。
主な論文等:
  • Chang, C.P., Jacobs, Y., Nakamura, T., Jenkins, N.A., Copeland, N.G., and Cleary, M.L., Meis proteins are major in vivo DNA binding partners for wild-type but not chimeric Pbx proteins. Mol. Cell. Biol., 17, 5679 - 5689 (1997)
  • Nakamura, T., Yamazaki, Y., Hatano, Y., and Miura,I., NUP98 is fused to PMX1 homeobox gene in human acute myelogenous leukemia with chromosome translocation t(1;11)(q23;p15). Blood, 94, 741 - 747 (1999)
  • Li, J., Shen, H., Himmel, K.J., Dupuy, A.J., Largaespada, D.A., Nakamura, T., Shaughnessy, J.D., Jenkins, N.A., and Copeland, N.G., Leukemia disease genes: large-scale cloning and disease pathway predictions. Nature Genet., 23, 348 - 353 (1999)
  • Hatano, Y., Miura, I., Nakamura, T., Yamazaki, Y., Takahashi, N., and Miura, A.B., Molecular heterogenity of the NUP98/HOXA9 fusion transcript in myelodysplastic syndrome associated with t(7;11). Br. J. Haematol., 107, 600 - 604 (1999)
  • Nakamura, T., Yamazaki, Y., Saiki, Y., Moriyama, M., Largaespada, D.A., Jenkins, N.A., and Copeland, N.G., Evi9 encodes a novel zinc finger protein that interacts with BCL6, a known human B-cell proto-oncogene. submitted (2000)
  招待講演: 2件(国内)

This page updated on March 30, 2000

Copyright©2000 Japan Science and Technology Corporation.

www-pr@jst.go.jp