研究課題別研究評価

研究課題名:動物の体に発生する化学反応の波
<反応拡散波>

研究者名: 近藤 滋


研究のねらい:
 生物における反応拡散波の分子機構の解明を通じ、形態形成における位置情報の問題に新たなパラダイムを提示する
研究結果及び自己評価:
 研究の最終的な目的は反応拡散波の分子機構を明らかにする事である。しかし、唯一「波」が確認されていたタテジマキンチャクダイは飼うだけでも非常に難しく、とても実験に使つかえない。そのため、まず
(1) 実験に耐えうる動物を探す、
(2) 波の機構がどのくらい普遍的なのかをしらべる、
という2つの目的で、多くの種類の魚、爬虫類、両生類を飼ってその成長に伴う模様変化を観察した。
 その結果、様々な脊椎動物で反応拡散波の存在を確認でき、反応拡散波が模様形成のための共通のメカニズムで有ることを証明することができた。このことは反応拡散波が、進化的に保存された重要な機構であることを意味し、縞模様形成以外の場面でも働いていることを示唆する。
 スクリーニングのもう一つの成果は、実験に十分に耐えうる安価で丈夫な魚、セイルフィンプレコの発見である。セイルフィンプレコの腹部の斑点模様は、 成長に伴い分裂と新しい斑点の挿入により大きさを一定に保とうとする。これはチューリング理論に基づくシミュレーションと非常に良く一致する。
 プレコの皮膚に、何らかの薬剤や生理活性物質を投与することにより、もし模様に変異を与えられれば、その物質が反応拡散波形成に関与しているはずである、色々な分子をスクリーニングした結果、アセトンによる処理で模様が小さくなることを発見した。これは、計算に寄ればactivatorの拡散速度が小さくなることに対応している。皮膚細胞に何がおきているのかを、現在解析中である。
 プレコの実験とは別に、遺伝学的なアプローチの可能性を探るためゼブラフィッシュに着目した。ゼブラフィッシュの模様は成長の途中で固定してしまうため、プレコのような実験には使えないが、そのかわり模様変異のミュータントがいくつか存在するため、遺伝的な解析が行える。ゼブラの模様変異の遺伝子が 「反応拡散波」 形成にどの様に関与しているかどうかを知るため、ミュータント間で掛け合わせを行い、シミュレーションにより解析した。その結果 leopard遺伝子のアレルごとに異なる模様は,反応拡散モデルの一個のパラメーターの値の変化により全て作ることができること、また、ヘテロの個体の模様は中間のパラメーターの値から計算されることがわかった。モデルとの対応からleopard遺伝子が仮想分子activator の合成速度を決めていることが推定された。
 以上の結果は、 今後の分子レベルの解析の手がかりとして、また、他の研究者がこの問題に取り組むための刺激として充分に意味があると考えている。プレコ、ゼブラフィッシュを用いて分子機構の解明をめざしているが、ゼブラフィッシュからクローンされた遺伝子や模様を変化させる化学刺激が、形態形成にどのような影響を与えるかについても調べていきたい。

 自己評価:
 「ゼブラフィッシュの模様遺伝子をクローニングすることにより、メカニズムの一端が明らかになる」 というのがさきがけ申請時の計画であった。しかし、ゼブラの場合、成長しても模様はさほど変化しないため、外見からは反応拡散波なのかどうかの確信が持てない。さらにゼブラの染色体は、 マウスのように近交系になっていないため、ポジショナルクローニングには難点が多く(現在でも、ポジショナルクローニングの例はほとんどない)魚の飼育システムから一人で立ちあげなくてはならない、という条件下で全てをクローニングにかけるのは冒険的過ぎるのではと判断せざるを得なかった。そのうえ、ミュータントを持っていたドイツの研究グル-プが変異株の分与を拒否(1年半後に入手) したため、物理的にもクローニングは不可能な状態であった。そのため研究開始後1年半は、「実験動物探し」という泥臭い仕事をする事になってしまい、これはやたらと時間と手間がかかる割に、遺伝子の実験のように次々に結果が(少なくとも量としては)出るわけでない。それまでずっと遺伝子屋として過ごしてきたので、これはかなりいらいらの募る状況であった。そこで、実験動物探しの傍ら、一発で全てのメカニズムが明らかになるようなウルトラCを探し続けることになった.大博打(それなりの理論的な根拠はある)で,模様と慨日リズムの関係を,かなりの労力を払って調べたが,結果は無関係ということで、当時はかなりの精神的ダメージを負ってしまった。
 研究期間中ずっと願っていたのが,共同研究者が現れてくれることだった。実験や動物を飼う手間を分担できることもあるが、アイデアや研究の方針を話せるような人間がいてくれれば、ずいぶん違うはずだと。しかし、色々な条件を考えるとおいそれとそんな人間が現れようも無いのも現実。研究の必要上、ある程度の数学を使うという時点でほとんどの実験生物学者は近寄って来ない上に、同業者も皆無。さらに大学の場所も四国ということで、ほとんど諦めていた。
 ところが、最近になって様子が少し変わってきている。中央の大学から、院生として、あるいはポスドクとして来たいという希望者が何人か現れ (わざわざ徳島にである)、来年度からは多少なりともチームを組んで研究ができる予定である。なぜそうなったか?  実はそれが、やっている時には不満足であった泥臭い方の成果らしいと気がついたのはごく最近である。実験動物探しのおかげで、「反応拡散波は脊椎動物に共通→重要」・「プレコで実際に実験できる」・「遺伝子で解析できる」ことが誰の目にも明らかになり、要するに敷居がひくくなったようなのだ。分子レベルの実験になれば、人数はもろに進み方に影響してくるはずだから、もしかすると大きな成果なのかもしれない。
 3年間の成果を一言で言えば「まともに実験するための環境ができた」ということになる。分子メカニズムには近づいていないが、自分以外に誰もやっておらず全てが手探り状態だったことを考えれば、それだけでも研究開始時とは大した違いだと感じる。さきがけ研究は、研究期間後も評価の対象としてくれるということなので、有り難く「3年後に期待をつなげるだけの成果は十分にあった」というのを自己評価としたい。
領域総括の見解:
 こんな恵まれた環境にいて実績もある研究者がこんな思いつき?の転向を試みるのかと、 1つは少し目を疑ったし、さきがけに採用して、それまでの研究室から離すことになることにも躊躇もあったが、チューリング理論の証明提案の面白さと、ユニークさから賭ることになった。結果論としては、やっと実験に移せるモデル系の開発に成功し、発生領域の研究者にも説得力をもって存在を認識させ始めたと言えよう。今後、発生や形態形成の研究分野において、新しい発見やユニークな分子機構解明に繋がることに注目している。
主な論文等:
  • Asai, R., Taguchi, E., Kume, Y., and Kondo, S., Zebrafish Leopard gene as a component of the putative reaction-diffusion system. Mech. Dev., 89, 87 - 92 (1999)
  総説:
1. キリンの斑論争と現代の生物学,岩波書店「科学」 67, 821 - 825 (1997)
2. 生物の模様を作る化学反応、東京化学同人「化学」 54, 29 - 31 (1999)
3. エンゼルフィッシュの縞模様の研究,羊上社「実験医学」15, 81 - 84 (1997)
4. 動物の皮膚に存在する化学反応の波,「生物物理」 210, 78 - 80 (1997)
5. 動物の皮膚に存在する化学反応の波,サイエンス社「数理科学」 418, 10 -14 (1998)
6. 動物の模様を作る化学反応,「形の科学」,印刷中
    
招待講演  :11件(国内)
TV :1件「NHK-宇宙のタマネギ-」

This page updated on March 30, 2000

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