研究課題別研究評価

研究課題名:眼組織再構築へのアプローチ

研究者名: 小阪 美津子


研究のねらい:
 有尾両生類イモリは、眼の主要組織であるレンズや網膜神経層を、全く性質の異なる色素上皮細胞が分化転換することによって、再生することができる。色素上皮細胞のもつ分化転換能力は、実はイモリに限らず、ニワトリ・ヒトを含む全ての脊椎動物に滞在的に保持されていることが、近年の細胞培養実験から示唆されてきた。本研究では、色素上皮細胞の分化転換機構を解明し、その能力を活用することにより、哺乳動物での眼球内での組織再生を実現させるための基礎を確立する。
研究結果及び自己評価:
 in vitro細胞培養による分化転換機構、およびin vivoイモリ生体内再生過程の解析結果から、レンズ再生とレンズの発生はそのもととなる細胞起源が異なるにも関わらず、同一の機構を介して成立することを示し、 一旦分化し安定にみえる組織細胞にも、高度な融通性が存在することが示唆された。また、色素上皮細胞が分化転換する過程では、従来想定されていた脱分化状態を必ずしも経由する必要がなく直接的にレンズや神経に変わりうることが新たに明らかとなった。一方、虹彩色素上皮細胞を脱分化状態に導くための培養条件が整いつつあり、この細胞が眼組織再生のための幹細胞として働く可能性を期待し、現在は眼球内への移植を行っている。主にヒヨコの細胞とイモリ個体を使い解析を進めてきたが、ごく最近になり、ラット (3週令) の虹彩色素上皮細胞の培養に着手し、哺乳動物の虹彩色素上皮細胞も、成長因子の投与などによりその分化状態を変化させ得ることが明らかとなり、ヒトを含めた哺乳動物での眼組織再構築実現ヘの可能性が高まった。また、イモリ生体内でのレンズ再生初期過程の解析から、レンズ除去にともなう初期変化は、 背側だけでなく虹彩全周において起ることを見い出すと共に、 背側特異的な変化が始まる時期を同定した。
 さきがけ期間の半分以上が、イモリ組織との格闘におわった。成体イモリの虹彩は、非常にコンパクトでメラニン色素をきわめて多量に含む微小組織であり、従来の方法では成体イモリを用いてレンズ再生初期過程を追うことは不可能であった。従って、組織の固定方法、切片作成、組織染色法の検討等に多大な時間を要し、また、個体差など予想以上の困難な問題に直面し、当初の計画内容とは大きくかけはなれた成果しか得られていないのが現状である。特に、その分化状態に影響を与えると予想した細胞外基質についての生体内での解析が進んでおらず、今後の課題である。
 さきがけ期間中、細胞培養系を活用し分子的な解析を中心に進めていれば、より多くの新しい知見が得られたかもしれない。しかしながら、分化転換現象の源流であるイモリ生体に立ち返る機会を得たことは、有意義であったと私自身は考えており、動物の体制構築と維持のしくみを理解するためにも、イモリの再生現象に含まれる多くの謎を引き続き追究してみたい。また、細胞培養系を用いて分化転換の制御に関わる遺伝子を探索し、細胞の分化形質発現の安定化機構、脱分化機構を分子レベルで明らかにしたい。黒目の細胞を使って、高等動物の眼組織の再構築を目指すための方向性が、この期間中に明確になったことは大きな前進と考えており、今後、可及的早期に哺乳動物での実現を目指したい。一旦分化した細胞を使って別の細胞を造り直すというこの試みは、再生医学分野においても新しい道を拓くものと信じる。
領域総括の見解:
 色素上皮細胞からレンズへの分化転換の研究は、非常にユニークで興味深い。特に、これからのクローン臓器研究等にも重要な基礎となるであろう。in vivoで見つかっていた現象を、培養系へ持ち込み、さらに種を越えた系での開発転換過程の分子レベル解析とin vivoへの挑戦など研究遂行能力と単身で行っている努力は高く評価される。また、この研究は将来の再生医療分野への応用が最も期待される。
主な論文等:
  • Kosaka, M., Kodama, R., and Eguchi, G., In vitro culture system for iris pigmented epithelial cells for molecular analysis of trans-differentiation. Exp. Cell Res., 245, 245 - 251 (1998)
  • Quan, MZ., Kosaka, M., Watanabe, M., and Fukuda, Y., Localization of FGFR-1in axotomized and peripheral nerve transplanted ferret retina. Neuroreport, 10, 1 - 5 (1999)
  • Kosaka, M., Mochii, M., and Eguchi, G., EGF and/or bFGF synergistically induce in vitro lens transdifferentiation of pigmented epithelial cells through activating several master genes for lens development. submitted.
  • Kosaka, M., Quan, MZ., and Eguchi, G., The biphasic pattern of FGFR-1 protein expression in iris pigmented epithelium during lens regeneration in vivo. submitted.
  招待講演:国内1件、国外1件

This page updated on March 30, 2000

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