研究課題別研究評価

研究課題名:細胞接着のダイナミクス

研究者名: 黒田 真也


研究のねらい:
 我々の生体内では、細胞が接着と解離を絶えず繰り返している。細胞接着自体のメカニズムの解明は進んでいるが、そのダイナミックな接着のメカニズムはほとんど不明であった。本研究では、細胞接着のダイナミクスの分子機構を解明することを目的とした。
研究結果及び自己評価:
 細胞接着(細胞間接着と細胞基質間接着)のうち、細胞間接着はCadherinにより制御されている。Cadherinは、細胞内でβ-cateninとα-cateninにより裏打ちされており、これらの蛋白質による裏打ちがCadherinの機能に必須であることが知られている。本研究では、細胞間接着のダイナミクスを解明するために、Cdc42 とRac1とそのエフェクター分子IQGAP1を分子ツールとして用いた。Cdc42 やRac1の機能を阻害すると、E-Cadherinに依存した細胞間接着が阻害された。また、Cdc42 やRac1の局在を調べたところ、細胞間接着部位に濃縮していることが明らかとなった。したがって、Cdc42 やRac1 は細胞間接着のポジティブレギュレーターであると考えられる。さらに、IQGAP1の局在を解析したところ、IQGAP1は細胞間接着部位に局在しており、E-Cadherin やβ-cacninやα-cateninと類似した局在を示した。IQGAP1はin vitroとin vivoの両方でE-Cadherinとβ-cacninに結合した。さらに、IQGAP1はβ-cateninとα-catenin の結合を阻害することにより E-Cadherin/β-catenin/α-cateninのcomplexからα-cateninを解離させた。実際に、IQGAP1は、α-cateninによる裏打ちを阻害することによりE-Cadherinの機能を阻害した。したがって、IQGAP1は細胞間接着のネガティブレギュレーターであると考えられる。Cdc42 とRac1、IQGAP1の細胞間接着の制御における関係を解析したところ、 活性型Cdc42 とRac1がIQGAP1によるβ-cateninとα-cateninの結合の阻害を抑制することを見出した。その結果、β-cateninとα-cateninの結合が安定となり、E-Cadherinが機能して細胞間接着が形成されることも明らかとなった。さらに、IQGAP1の機能をより詳細に解析するため、IQGAP1のドミナントネガティブ分子の開発を試みている。IQGAP1のC末fragment(1502-1657 アミノ酸) を細胞内に発現させると内在性のIQGAP1の局在が細胞間接着部位から細胞質へ移行することを見出した。したがって、この変異体はIQGAP1のドミナントネガティブ分子として機能すると期待される。この変異体を用いてcell scattering等の細胞間接着のダイナミクスに、IQGAP1が本当に関与しているのかどうか今後検討したい。
 さきがけの本研究において、Cdc42、Rac1のエフェクター分子IQGAP1がCadherinの機能を制御しうることが示された。Cadherinの機能の制御としては、β-cateninのチロシンリン酸化が知られているが、stoichiometry が低く効率が悪いため、β-catenin のチロシンリン酸化だけでは全てを説明出来ない。一方、IQGAP1は、さまざまな 組織で発現しており細胞内の濃度もばらつきはあるものの1μM程度存在しており、β-cateninとstoichiometricに結合する。したがって、量的な点からも現在のところ、IQGAP1はCadherinの機能の制御分子のmajorなcandidate と考えられる。また、IQGAP1によるCadherinの制御における分子メカニズムも明らかになっていることから、IQGAP1は細胞接着のダイナミクスの機構を解明するための非常に良いツールであると考えられる。今後のIQGAP1を用いた解析から、細胞接着のダイナミクスの新たな側面が明らかになることが期待される。
 現在までの解析の問題点としては、IQGAP1の解析にモデル細胞を用いていることが挙げられる。では、どういう生命現象において、IQGAP1は細胞間接着を制御しているのだろうか。そのひとつとして、上皮細胞における細胞間接着のダイナミクスが観察出来るcell scatteringを考えている。また、いままでの解析は、IQGAP1の過剰発現系を用いているため、本来の機能と違った機能を検出している可能性が否定できない。IQGAP1は細胞間接着以外にも細胞の形態や運動など多彩な機能を制御していると考えられるので、間接的にCadherinの機能を制御している可能性もある。そこで、IQGAP1の細胞間接着に特異的なドミナントネガティブ分子の開発を試みている。上述のIQGAP1の変異体がドミナントネガティブとして機能することが期待され、この変異体を用いてIQGAP1が細胞間接着のダイナミクスを制御しているかどうか検討する予定である。
 細胞接着のダイナミクスにおいては、それぞれの分子が複雑にcomplex を形成するので、直感的に理解しにくい。そこで、それぞれの分子の細胞内濃度と結合定数を組み込んだシミュレーションモデルを作成した (未発表データ) 。その結果、IQGAP1の作用により、Cadherinの機能が阻害可能なことがわかったが、Cdc42やRac1だけではIQGAP1の機能が制御できないことが分かった。最近、CalmodulinがIQGAP1に結合して、Cadherinの機能を制御することが報告された。Calmodulinをシミュレーションに組み込んだ結果、Cdc42やRac1だけでなくCalmodulinも存在するとIQGAP1の機能が制御可能であることが分かった。したがって、 今後のIQGAP1の制御機能の解析については、Calmodulinも考慮に入れる必要があると考えられる。今後は、複雑な分子間ネットワークを解析するためには、このようなシミュレーションを用いた全体像からのアプローチも有効であると考えられる。
領域総括の見解:
 カドヘリンによる細胞接着のネガティブな制御因子としてのIQGAP1の研究は非常にユニークで面白い。これから外国留学を経てどのように成長するか楽しみ。特に本人が気にしているシグナル伝達系のクロストークとネットワークについて、どのようにアプローチを組むのか興味深いものがある。今後、細胞間接着の研究分野でその全体像を考える上で新しい視点を拓くものと評価できる。
主な論文等:
  • Fukata, M., Kuroda, S., Fujii, K., Nakamura, T., Shoji, I., Matsuura, Y., Okawa, K., Iwamatsu, A., Kikuchi, A., and Kaibuchi, K. Regulation of cross-linking of actin filament by IQGAP1, a target for Cdc42. J. Biol. Chem., 272, 29579 - 29583 (1997)
  • Kuroda, S., Fukata, M., Fujii, K., Nakamura, T., Izawa, I., and Kaibuchi, K. Regulation of cell-cell adhesion of MDCK cells by Cdc42 and Rac1 small GTPases. Biochem. Biophys. Res. Commun., 240, 430-435 (1997)
  • Kuroda, S., Fukata, M., Nakagawa, M., Fujii, K., Nakamura, T., Ookubo, T., Izawa, I., Nagase, T., Nomura, N., Tani, H., Shoji, I., Matsuura, Y., Yonehara, S., and Kaibuchi, K. Role of IQGAPI, a target of the small GTPases Cdc42 and Rac1 in the regulation of E-Cadherin-mediated cell-cell adhesion. Science, 281, 832-835 (1998)
  • Fukata, M., Kuroda, S., Nakagawa, M., Kawajiri, A., Itoh, N., Shoji, I., Matsuura, Y., Yonehara, S., Fujisawa, H., Kikuchi, A., and Kaibuchi,K. Cdc42 and Rac1 regulate the interaction of IQGAPI with β-catenin. J. Biol. Chem., 274, 26044-26050 (1999)

This page updated on March 30, 2000

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