研究課題別研究評価

研究課題名:脳の神経幹細胞を可視化して機能を探る

研究者名: 山口 正洋


研究のねらい:
 脳の様々な神経細胞は、神経幹細胞より生みだされる。発生期のみならず、完成された成体の脳にも神経幹細胞が存在し、新しい神経細胞が生まれていることが知られてきている。本研究では、遺伝子改変マウスを用いて、哺乳類の脳における神経の新生が脳の機能の上でどのような役割を担っているのかを知ることを目指した。
研究結果及び自己評価:
 神経の新生現象を検出する従来のラベル法では、実験操作の繁雑性や、ラベルされた細胞種の同定の困難さなどの問題点があった。哺乳類の神経新生を効率よく検出できるようにするため、まず神経幹細胞にGreen F1uorescent Protein(GFP)を発現するトランスジェニックマウス(GFPマウス) を作製した。このマウスを用いて、発生期および成熟後の脳、再生神経上皮でおこる神経の新生を、GFP の蛍光によって効率よく可視化することに成功した。さらに神経新生と脳機能の関係をみるため、GFP マウスの脳の活動性を変えた時に神経新生にどのような変化が見られるかどうかを検討したところ、嗅覚刺激を抑制すると嗅球でGFP 陽性を示す新生神経細胞の数が減少することが観察され、脳の活動性が神経新生を調節していることを示唆する結果を得ることができた。また、神経新生を促した時に脳機能にどのような変化が見られるかどうかを検討するため、Fibroblast Growth Factor受容体と脂溶性ホルモン受容体を利用して、神経幹細胞の増殖を脂溶性ホルモンによって活性化する技術を開発した。神経幹細胞が恒常的に増殖刺激を受けるトランスジェニックマウスの脳は、正常のものより大きく、特に大脳皮室、上下丘の拡大が見られ、今後機能への影響を解析するためのいいモデルを得ることができた。 
 本研究の目的は、発生期を過ぎた哺乳類の脳で引き続き起こっている神経新生の機能的な意義を知ることであり、その目的に向かっての糸口となる遺伝子改変マウスを得ることができたと考えている。GFPマウスは、神経新生を簡便に確認するために作製したマウスであるが、蛍光を利用して幹細胞を単離できることや、脳組織内で生きたままの新生神経細胞を観察できることなど、当初考えていたよりも応用の可能性が広く、特に活動性の変化に伴う神経細胞の動態の変化をリアルタイムで追跡することに大きな利点があり、今後その方向への応用を進めていきたいと考えている。反省点は多々あり、脂溶性ホルモンによって増殖を促す方法について培養細胞での有効性は確認できたが、生体内では融合蛋白の発現量の問題や、過剰発現による活性化の問題などから、外からリガンドを投与することで人為的に、好きな時点で増殖を誘導できる生体系を作製するには至らなかった。また、研究期間内では具体的な機能差についての検討は充分に行うことができず、主には解析の材料となるマウスの準備段階にとどまってしまった。当初の予定を達成することはできなかったが、これまでに樹立したGFP マウスや、神経幹細胞が恒常的に増殖刺激を受けて脳が大きくなったマウスは、神経新生と脳機能の関係を解 析していくための有用なモデルであり、今後これらを活用して、嗅覚を中心とする感覚系や学習記憶などの、機能面を検討していきたいと考えている。
領域総括の見解:
 神経細胞は増殖しないものと思われていたが、実は分裂能力をもつ神経幹細胞のあることが分かって来て、神経生物学に大きな転機となったが、(1)神経幹細胞の増殖を司るTGF受容体のホルモン受容体とのキメラ、(2)神経幹細胞で発現するネスチンの、発現調節領域を用いたGFPの発現を利用して、脳における各神経の発生と脳神経に対する環境要因の影響を解析するユニ-クな系を開発した。将来、神経の新生や修復、再生など神経疾患の治療応用面への進展と夢が期待できる。
主な論文等:
  • Yamaguchi, M., Saito, H., Suzuki, M., and Mori, K., Visualization of neurogenesis in the mammalian central nervous system using nestin promoter-green fluorescent protein transgenic mice. 投稿中
  • Yamaguchi, M., Nakamoto, M., Honda, H., Nakagawa, T., Fujita, H., Nakamura, T., Hirai, H., Narumiya, S., and Kakizuka, A., Retardation of skeletal development and cervical abnormalities in transgenic mice expressing a dominant-negative retinoic acid receptor in chondrogenic cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 7491 - 7496 (1998)

This page updated on March 30, 2000

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