研究課題別研究評価

研究課題名:臓器再生をめざすバイオ材料

研究者名: 伊藤 嘉浩


研究のねらい:
 人工臓器と臓器移植の医療を総合した再生医療の基礎としての新しいバイオマテリアルの設計原理の確立を目指した。本研究では特に細胞成長因子を人工材料に組み込むことによりどのような効果が得られるかを検討した。これにより従来のバイオマテリアル研究における生体不活性な材料が生体適合性であるとした考えを変革することを目指す。
研究結果及び自己評価:
  研究結果
1) 光リソグラフィによる種々の成長因子の微細パターン固定化ができるようになった。
2) 1)の手法を用い、固定化したインシュリン、上皮細胞成長囚子(EGF) 、神経成長因子(NGF)、腫瘍壊死因子(TNF- α) が細胞へ情報を伝達できることを明らかにした。これは、これらの生体情報分子が固定化された微細領域でだけ細胞の遺伝子発現が非固定化微細領域と異なることを顕微鏡で観察できたことによる。
3) 成長因子は固定化状態では溶解状態の場合と比べて、より低い濃度の固定化量で、しかも非常に高い成長促進活性があることがわかった。特に、EGF は溶解状態ではPC12細胞の成長を促進するが、マトリックス上に固定化されたEGF は、PC12細胞の分化を誘導した。固定化EGF は、溶解EGF と比較して、細胞内の情報伝達系タンパク質を長時問に亘って活性化したので、これが発現の変化に関係するものと考えられた。
4) 細胞より微細なパターンにEGF を固定化し、細胞の活性化を調べると、固定化成長因子と接する細胞の一部の領域のタンパク質のチロシン残基のみがリン酸化され活性化されていることがわかった。
5) 固定化密度を傾斜的に変化させた材料の合成を行った。光マスクの微細パターンの間隔を徐々に変化させることにより、細胞と固定化情報分子との接触面積を連続的に変化させることができた。これにより、固定化密度と細胞の遺伝子発現がどのように関係するかを顕微鏡下で定量的に評価できるようになった。
6) 熱応答性高分子を微細パターン状に固定化して、その上で細胞を培養してから、冷却すると、応答性高分子を固定化した領域の細胞だけを脱着することができた。剥離の際にトリプシンなどの酵素処理をする必要がなく、脱着した細胞、組織は、この場合には短冊状になっており、この方法により、細胞間接着に影響を与えず、マトリックスから細胞組織を剥離することができ、組織形態を人為的に制御できた。
7) 生体情報分子だけでなく、様々な生体分子と刺激応答性の合成高分子とをハイブリッド化することに成功し、新しいバイオテクノロジー・デバイスを合成できた。

  自己評価
 「さきがけ研究21」採用時に、固定化インシュリンが細胞増殖を刺激でき、インシュリンを固定化した新しい細胞培養基材として有望と考えていた。細胞増殖の促進が固定化されたインシュリンによるものであることを実証するひとつの手段として、光リソグラフィによる微細パターン固定化に取り組み、当初は困難があったが、安定に材料を調製できるようになった。特に細胞より微細なパターン (1から2マイクロメートル) に生体情報分子を固定化できるようにする時間を要したが、条件検討を重ね、可能となった。そしてこの極微パターンの間隔を連続的に変化させることにより固定化密度に傾斜をかけた材料の調製も可能となった。
 4種類の生体情報分子をパターン状に固定化することができ、その上での細胞の遺伝子発現も観察された。そして一部、傾斜密度材料上で密度勾配に応じた細胞の遺伝子発現も可能となった。この点では、バイオマテリアル研究に新しい可能性を提案できた。しかし、さらに深く、細胞の情報伝達を研究できるまでには至らなかった。最も、解明したかった「細胞の一部を刺激することによって情報がどのように伝達されるか」については、データがまだ不充分で、今後の検討課題として残った。研究全体として、材料調製中心に研究を進め、この方面では当初の目的はすべて達成できたが、材料上での細胞や生体との相互作用の詳細な観察、検討までには至らなかったので、今後はこの点を展開したい。
 臓器再生のために新しい材料を合成するための指針を得ることや、実際の開発に成功することが、本研究の中心の狙いであったが、それと平行して、高い機能性をもつ合成高分子と生体高分子をハイブリッド化した新しい分子デバイスの作製にも成功してきている。PCR やDNA チップのような新しいバイオテクノロジーの開発になるように展開できるかが今後の課題である。
領域総括の見解:
 将来の医療材料を目指して細胞を思うように固定化培養しようという課題は、領域内の他の研究ともかなり異なったプロジェクトであったが、熱応答高分子使用により、将来のハイブッリッド臓器に向けて、手掛かりを得たと思う。更に、細胞との組合せでは固定化増殖因子(EGF)が分化刺激に変わるなど、今後解明すべき面白い課題も出て来た。「さきがけ」中に十分に成果が出たとは言えないが、これからの進展に生物工学や再生医療の新しい分野を切り開くような期待と夢がある。
主な論文等:
  • Ito, Y., Sugimura, N., Kwon, O.H., and Imanishi, Y., Enzyme modification by polymers with solubilities that change in response to photoirradiation in organic media. Nature Biotechnol.,17,73 - 75 (1999)
    doi:10.1038/5250

  • Ito,Y., Surface micropatterning to regulate cell functions. Biomaterials, in press (1999)
    doi:10.1016/S0142-9612(99)00162-3

  • Ito, Y., Chen, G., and Imanishi, Y., Micropatterned immobilization of epidermal growth factor to regulate cell function. Bioconj. Chem., 9, 277-282 (1999)
    doi:10.1021/bc970190b

  • Ito, Y., Chen, G., and Imanishi, Y., Morooka, T., Nishida, E., Okabayashi, Y., and Kasuga, M., Differential control of cellular gene expression by diffusible and non-diffusible EGF. in preparation
  他34件

  特許出願  国内1件(アプタマ-を自動選別するロボット、1999)

  受賞  1件 (日本バイオマテリアル学会科学奨励賞)

  招待講演 国際学会 6件  国内学会 6件

This page updated on March 30, 2000

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