研究課題別中間評価結果(脳を知る4)


1.研究課題名

 感覚から運動への情報変換の分散階層処理神経機構

2.研究代表者名

 篠田 義一(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 システム神経機能学)

3.研究概要

 脳は重要な感覚情報である視覚入力を適切に取り込むため、種々の眼球運動サブシステムを使い分けている。目の前に興味のある対象物が現れる時に、急速なサッケードを、ゆっくり動く視覚対象物を目で追う時に、滑動性眼球運動や輻輳性眼球運動を、静止した視覚対象物を頭部が動く状況下で見る時に前庭動眼反射を使う。この時、脳は視覚と前庭の2種類の感覚情報を取り込み、網膜で検出された視覚速度情報を、空間内の視標速度情報及びそれを追跡する運動情報である視線情報に変換し、これらの情報を更に眼窩内の水平と垂直・回旋の眼球運動に変換させている。本研究代表者のチームは、これらの過程において前頭眼野、上丘、小脳、大脳基底核がどのような役割分担を果たすかを調べている。

4.中間評価結果
4-1. 研究の進捗状況と今後の見込み
 上記の神経機構の解明を目指して、研究代表者のグループだけでなく、優れた共同研究者を集めてサッケードに関与する中枢経路解明を進めており、前頭眼野、上丘、小脳、大脳基底核の関与について新しい知見が得られている。サッケードに関与するニューロンの入、出力を生理学、解剖学的な手法で追跡し、特に小脳と前庭の関与を明確に示した事は注目すべきであろう。
 この分野は神経科学の基礎を成す重要な領域であるにもかかわらず、現在研究者の人口が少なく、この種の研究を支援することは極めて必要と思われる。研究グループの参加者は眼球運動の制御メカニズムに関してはすべて国際的に高い評価を受けている人達であり、その成果は信頼度の高いものとなっている。しかし、各グループ間の連絡がうまくいっていない感があり、定期的に討論してはどうか、との意見もあった。研究グループへの研究費配分は妥当に行われているが、多点同時記録用電極の作製が当初の予想ほど進んでいないこともあって、他のメーカーからの情報なども必要ではないだろうか、との指摘があった。
 今後の期待としては、各グループともレベルの高い研究を行っており、成果が十分期待できる。細胞内記録、経シナプス的染色、HRP法、DBA法などを用いて非常に正確な実験が行われているので、成果は大いに期待できる。しかし、現在の研究方向のままでは breakthrough がでるかどうか疑問である、4グループの協力でまとまった成果を挙げてほしい、との要望もあった。
4-2. 研究成果の現状と今後の見込み
 細胞内染色法を応用する範囲が今回の共同研究で大幅に拡大し、前頭眼野、上丘、脳幹を含む眼球運動制御回路の解析が進んでいる。前頭眼野で追跡眼球運動と前庭系の干渉を明らかにした。また、Expressサッケードに関係する上丘ニューロン機構を解明した。さらに、大脳基底核の基本神経回路とその意味を明らかにしつつある。
 基本的神経生理学として重要な研究であり、非常に時間と労力が必要な研究と思われる。ネコ、サルでないと実験ができない点でマウスのように分子生物学の応用ができない困難さがあり、新しい方法の導入が望まれる。生理学的研究としては、レベルの高い論文がある程度の数出版されている。多点同時記録用電極の完成、実用化が待たれる。個々のグループの見出した知見は、それぞれ学術的にインパクトのあるものであるが、グループ全体として研究課題に掲げた統一原理を巡る作業仮説を提示する形に至っていないと思われるので、これからの4グループの協力に期待する。特に本研究で呈示されたコンセプトが種差を越えて一般化されることが重要ではなかろうか。
4-3. 総合的評価
 手法は古典的なものを含むがそれぞれ高度の技術をもった研究者が集まったプロジェクトであり、それなりの着実な成果を挙げている点を評価したい。研究情報の交換を密に行い、技術を若い研究者層に伝え拡げていく観点からも共同研究の幅を拡げることを考慮すべきである。成果は各論的でまとまったストーリーになっていないので、何か外からはっきり分かるコンセプトを提出できることが望ましい。「生理学的研究の伝統の育成」は重要な成果として達成されている。

This page updated on Feburary 3, 2000

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