研究課題別中間評価結果(脳を知る3)


1.研究課題名

 ヒト脳の単一神経細胞の発現遺伝子

2.研究代表者名

 金澤 一郎(東京大学大学院医学系研究科神経内科)

3.研究概要

 ヒト脳の単一神経細胞で発現している遺伝子は、細胞毎に異なっており、それが 細胞の個性を決めている。そこで、脳で発現している機能分子のファミリ-メンバ-をまず確定すること、レ-ザ-により単一神経細胞の切り出しを可能にすること、統計解析を考慮に入れながら超高感度のアッセイ系を開発すること、を同時平行で進める。さらにこの方法を用いて、病気の極く初期に亡くなった神経変性疾患患者のやがて死ぬ運命にある神経細胞の発現遺伝子における特異的変化を確定することによって細胞の運命を知る。

4.中間評価結果
4-1. 研究の進捗状況と今後の見込み
 当プロジェクトチームは中枢神経細胞を単一に取り出すためのダイセクション法を開発し、脊髄に強い発現のある新規 Na+ チャンネルサブユニットSCN11Aおよびオリーブ橋小脳萎縮症で発現が増加している新規遺伝子 ZNF231 などを発見した。また、ハンチントン病遺伝子をトランスフェクトした培養細胞における細胞内封入体生成の動態などを明らかにしつつある。研究自体は大体計画通りに準備が進んでいるので、特に計画の変更は見られていない。
 単一神経細胞の発現遺伝子の研究は海外のグループに先行している。脳病理の専門家として豊富な知識と経験を踏まえているので、単なる分子生物学者、分子遺伝学者とは異なる視点が強みである。単一細胞の切り出し技術の開発、PCR に用いるプライマー設計のための統計解析、超微量 RT-PCR 法の開発などのためにそれぞれ優秀なスタッフを揃えている。また、新しい研究方法の開発のために必要な投資を行っている。
 主なイオンチャネル(Na+、Ca2+、K+、Cl など)のリスト作成がほぼ完成しているので、個々の細胞についての個性的な病態比較の基礎はつくられており、あとは超微量解析手法の完成が待たれる。
4-2. 研究成果の現状と今後の見込み
 臨床医学関連の分野としては生産的で着実に成果を挙げている。ヒト脳に存在するイオンチャネルに関する研究中、新しい Na+ チャンネルを発見した。多系統萎縮病におけるZNF231 の全シークエンスの解明、ハンチントン病の培養モデルでの CAG リピートの機能解明、封入体形成の病態解析などヒト脳病理の分野での研究が進んでいる。しかし、レーザー・ダイセクターの精度の向上、超微量 PCR 法の開発、実用化など目的達成のためにはまだ問題が残っている。さらにこれらの完成を目指し、世界的な成果を挙げて欲しい。また、「単一細胞の発現遺伝子」研究では、同一個体内で細胞間に差があるかどうか、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の運動ニューロンのような例で、パイロット実験を進めてはどうか。治療に結びつくようなインパクトのある成果が欲しい。個々の神経細胞についての個性的病態の解析が進めば、脳病理の分野で新しい展開が期待できる。初期の目的の一つである神経変性疾患における体細胞モザイクの存在についても成果が見え始めている。臨床経験を持つ優秀な研究メンバーによって研究が進められているので、成果の実用化もあり得ると思う。
4-3. 総合的評価
 戦略研究のテーマに相応しい、野心的なプロジェクトであるが、後半に向けてはある程度焦点を絞ることも必要と考えられる。ヒト脳の研究は極めて重要であるが、材料の関係で困難を伴うことが多い。単一神経細胞の分子個性の研究はこれまで全く方法がなかったためできない研究であった。是非あと2年で方法を完成させて、大きい成果を挙げることを期待している。臨床および剖検の経験と視点を生かした分子生物学的研究によって新しい神経科学の局面が展開されることを希望する。

This page updated on Feburary 3, 2000

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