研究課題別中間評価結果(脳を知る2)


1.研究課題名

 遺伝子変換マウスによる脳研究

2.研究代表者名

 勝木 元也(東京大学医科学研究所ヒト疾患モデル研究センター)

3.研究概要

 脳機能の最も魅力的な研究対象はヒトである。しかし、実験的研究は難しい。とくに突然変異体を用いた分子レベルの実験的解析を、ヒトを対象に行うことは不可能である。
 そこで、ヒトの脳機能に関与することが既に知られているドーパミンやセロトニンの受容体、また、それらのトランスポーターの遺伝子を破壊またはヒト型に変換したマウスを作り、これらのマウスの解析を通してヒトに外挿出来る脳機能モデル(ヒト型マウス)の創造を目的に研究を行った。
 また、これまで癌遺伝子として知られている3種類の H-, N-, K-Ras についても、海馬におけるシナプス可塑性に関与していることを、遺伝子変換マウスの解析によって明らかにした。これは、NMDA受容体のチロシンリン酸化が Ras を介したシグナル伝達経路によって制御されていることを示した最初の知見である。

4.中間評価結果
4-1. 研究の進捗状況と今後の見込み
 脳機能の遺伝学的解明にとって重要な意味を持つ標的遺伝子の破壊、置換の手法が確立され、多数の遺伝子変換マウスの作製が順調に進んでいる。ドーパミン、セロトニンなどの受容体遺伝子をヒト型に変換したマウスを創り、薬物やストレスによってヒトに生じる反応の分子機構を遺伝子変換マウスをモデルとして解析するという方法は独創的で秀でた研究法である。ドーパミン、セロトニンなどの情動関連の伝達物質受容体の transgenic (Tg) mice 作製は最近の脳研究のトピックスであるが、その先端に位置する研究グループであり、ヒト型モデルマウス作製という点ではかなり重要度は高い。また、これまで癌遺伝子として知られているRas群遺伝子の解明が進み、Ras を介したシグナル伝達系がシナプス可塑性の制御に関与することを示唆する興味深い発見につながった。
 現在の研究体制は当初の目標達成には妥当であるが、機能解析を進めるには未だ不十分で、さらに他の専門グループとの共同研究が必要ではないか。たとえば、Tg マウスと精神疾患との関連、ヒト型モデルマウスの行動異常、などについて、電気生理学、行動薬理学の分野の研究者との協力は研究を促進するものと思う。
 ドーパミン受容体のノックアウトマウス、ことに D4, D3 のノックアウトで表現型に変化があれば、分裂病の分子機構の手がかりとなる。困難な問題であるが結果を期待する。
4-2. 研究成果の現状と今後の見込み
 マウスの表現型の解析は重要で困難な問題だが、よく工夫して研究を進めている。まだ準備段階なので成果は次の段階だが大いに期待できる。目標が絞られ、ドーパミン受容体、セロトニン受容体変異体による実験が進めば、学術的インパクトは大きい。日本における遺伝子ターゲッティングのリーダーとして果たしてきた役割も大きい。また、ヒトの分裂病やそううつ病の薬物開発のため、モデル動物への期待は大きい。麻薬耐性、アルコール耐性などについても有用な応用があるのではないか。ドーパミン受容体、セロトニン受容体遺伝子の破壊、ヒト型化などを用いた機能解明実験が進めば成果の実用化が行われる可能性がある。今後見込まれる成果としてはヒト型遺伝子の導入でヒトとげっし類の差が出れば大きな発展が得られよう。
4-3. 総合的評価
 ヒト型遺伝子を持ったマウスは薬物の効果、毒性、代謝などを調べる場合に非常に重要なツールになると予想され、このモデル動物がヒト臨床用データの取得のための標準実験動物になる可能性がある。すなわち、今まで医薬品の開発上大きな障害となってきた”種差”の問題が一挙に解決するかもしれない。期待の大きい研究テーマであり、有用性は非常に高い。但し、今後は、単にモデル動物の提供に止まらず、その次の目的を明確にして研究を進めて欲しい。

This page updated on Feburary 3, 2000

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