研究課題別中間評価結果(極限8)


1.研究課題名

 極限土壌ストレスにおける植物の耐性戦略

2.研究代表者名

 森 敏 東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授

3.研究概要

 世界の陸地の30%がアルカリ性の、また25%が酸性の不良土壌であり、来世紀の人口問題や環境問題を考えると、これらの土壌に於いても生育・収穫が可能な農業品種の創製は人類全体の福音となる。本研究課題では、不良土壌における植物成長阻害の生化学的機構の解明、および各種耐性遺伝子の探索と発現機構の解明など、植物生理学上の基礎的・基盤的研究を進めて行くとともに、遺伝子操作技術を駆使して耐性遺伝子の導入を試み、耐アルカリ性或いは耐酸性を有する主要農作物を創製する。

4.中間評価結果
4-1. 研究の進捗状況と今後の見込み
 当研究課題の目標の、1)アルカリ性土壌に於ける鉄欠乏耐性作物の創製、および2)酸性土壌に於けるアルミニウム過剰耐性作物の創製において、1)では植物・菌類の鉄欠乏耐性機構(即ち鉄獲得機構)の解明および耐性遺伝子群の抽出と植物への導入を行なっている。ムギネ酸生合成関連酵素の遺伝子7種をクローニングし、その1つnaat-Aと名付けた遺伝子をイネに導入し、発現している事を確認している。また酵母の3価鉄還元酵素遺伝子を植物用に改変してタバコに導入し、その発現を確認している。2)ではアルミニウム過剰による根の成長障害の機構解明とアルミニウム過剰耐性遺伝子群の抽出と植物への導入を行なう。オオムギ根が過剰Alに弱い理由及びイネが強い理由を調べ、またソバ及びアジサイのアルミニウム耐性因子を同定した。タバコとシロイヌナズナのAl耐性に関係する遺伝子を2種クローニングしている。
 当研究チームはアルカリ性土壌に於けるイネ科特有の鉄吸収機構として、ムギネ酸生合成の生化学的経路を明らかにすると共に、鉄欠乏に強いオオムギから経路関連酵素のニコチアナミン合成酵素7種及びニコチアナミンアミノ基転移酵素2種(NAAT-A、NAAT-B)の遺伝子を抽出し、それらをクローニングした。naat-Aを35SCaMVプロモーターに継いでイネに導入する等、着実に研究を進めている。
 研究期間後半ではオオムギ由来の種々の鉄欠乏耐性遺伝子を繋げてイネに導入し、また酵母由来の鉄還元酵素遺伝子を進化工学的に改良してタバコ、トマト等に導入して優良品種創製の目標に向かう。これら実用研究と並んで、Fe欠乏及びAl過剰による成長阻害の形態的・生化学的機構の解明、細胞内の各耐性遺伝子発現場所の同定等、基礎科学的研究を進めて行く方針である。
4-2. 研究成果の現状と今後の見込み
 当研究チームの挙げた成果はムギネ酸生合成の全生化学的経路の解明を始めとして、ニコチアナミン合成酵素(NAS)、2種のニコチアナミンアミノ転移酵素の遺伝子の同定、遺伝子naat-Aをイネに導入、酵母由来鉄還元遺伝子fre1の植物用改編とその改編遺伝子refre1をタバコに導入、酵素タンパク質NAS、NAAT-Aの細胞内発現部位の同定、Fe欠乏及びAl過剰生育阻害機構の研究、ソバ及びアジサイのAl耐性因子の同定、イロイヌナズナ及びタバコのAl耐性遺伝子のクローン化等で、研究の質は極めて高い。特にムギネ酸に関する研究は独壇場であり、当チームが行なっているからとの理由で諸外国の研究者はムギネ酸に手を出さない。
 米は麦にも増して重要性の高い穀物である。森研究チームの狙いは世界地表の35%を占めるアルカリ性土壌でも黄萎病(クロロシス)を起こさずに生育可能な新種のイネの創出に有る。21世紀の人類危機の一つと言われる食糧問題に対しての緩和策提出の実現性が見込める。当研究チームではイネの他に劣悪土壌に耐性を持つジャガイモ、大豆、トマト、ほうれん草等の主要作物の創製を目指している。対象が生物体であり、植物新種としての定着を経て実用化に至る迄には幾つかのハードルが有ろう。森研究チームは実用化を達成すべく努力をしているが、残された期間内での完全達成は或いは無理かも知れない。しかし実用化へ向けて当チームが大きな貢献を成す事は確実である。
4-3. 総合的評価
 本研究は明確な目的、計画、体制、役割分担の下に遂行されて来て成果も期待通りに挙がっている。特にこの研究課題が採択され研究費や設備が整備されて以来、研究が加速されている。無論、全ての狙いに目鼻が付いた訳ではなくて鉄-ムギネ酸複合体トランスポーター遺伝子のように未だ単離されていないものがあるが、やがてこれらの単離や機能解明も行われて、鉄欠乏耐性機構の全体像が明らかにされ、耐性遺伝子群を導入したトランスジェニック植物が確立するまで研究が進展することと期待される。本研究課題の遂行は戦略的基礎研究推進事業の最も成功した例の一つと言える。

This page updated on Feburary 3, 2000

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