補足説明資料


遠赤外単一光子の検出:新しい半導体量子素子の開発に成功

東京大学大学院総合文化研究科 小宮山 進

 波長が10μmから1mmにかけての遠赤外光領域は、伝統的な用語法では「光」と「電波(電磁波)」との中間に位置する応用および学問上双方の観点から重要な波長帯域である。光から見ると可視・赤外光領域の長波長(低周波)側に位置し、あらゆるガス分子の振動・回転、ほとんど全ての固体の格子振動及び半導体の不純物準位に対応する領域をカバーする。そのため、環境分析科学、分子科学、電波天文学、固体・半導体物理学等の広い分野で分光測定のための重要な波長領域をなしている。一方、電磁波の側からみた場合には、コンピューター・通信における情報処理にとって現在最も重要となっているマイクロ波帯(ギガヘルツ=109/秒)のさらに一段階高周波側 ----- テラヘルツ帯=1012/秒 ----- に位置する。そのために、高速化・大容量化を目指す将来の情報処理技術にとっても重要となる周波数帯域である。
 ところが、この遠赤外光領域での計測技術には従来困難が伴い、上記諸分野の発展の妨げとなっていた。その理由の一つは、感度の優れた検出器が存在しなかった事である。全ての物質および光・電磁波は、波動としての性質とともに粒子としての性質を持つ事が知られており、微弱光の極限では光・電磁波の粒子(光子)を一つづつ数えることができると考えられている。事実、波長が約1ミクロンより短い可視光や近赤外光領域では、光電子増倍管を使用して実際に光子が一つづつ計測され、その技術は極微弱光の検出に広く応用されてきた。しかし、波長が10μm以上の遠赤外光については、光子のエネルギーが(波長に反比例して)小さくなるために、ただ一つの光子による信号を計測することが難しく、実際それが不可能だったためである。ちなみに、遠赤外光領域の従来の検出器では、研究室レベルで達成される最高感度ですら、1秒間に千個以上の光子が検出器に入射することが必要であった。
 本研究では、極微小の半導体量子ドット(直径0.5μm、ガリウム砒素ヘテロ構造)を遠赤外光を集めるアンテナと組み合わせ、全体の構造が単一の電子の電荷によって制御される単一電子トランジスターとして動作するよう新しい量子素子を開発した。このことにより、従来の波長限界を一挙に100倍破る遠赤外の波長領域(170-200μm)において、光子を直接検出することに成功した。この結果、10秒間に1個の光子入射という極限の微弱光まで計測する事が可能になり、従来最高の検出器に比べても、1万倍以上の感度を達成した。
 実際の研究では、半導体基板上(ガリウム砒素・アルミニウムガリウム砒素ヘテロ構造)に電子線リソグラフィーによる半導体微細加工技術によってサブミクロンの微細な金属製ゲート電極を作成し、ゲート電極に負電圧を印可することによって電極の囲まれた中央部に直径0.5μmの点状の導伝領域(量子ドット)を形成した[図1(A)]。ゲート電極は量子ドットを中心にして半導体基板上を互いに反対方向に波長程度(100μm)延びており、半導体基板の上方から入射する遠赤外光を捕らえるアンテナとして働く。さらに、量子ドットは、やはりゲート電極によって形成されたリード線との間に電子のトンネルによって微少な電流が流れるようになっており、量子ドット・ゲート電極・リード線は全体として単一電子トランジスターとして働く。
 測定では、まず極低温(絶対温度0.4K)に冷やした量子ドットを単一トランジスターの導通状態とし、微少なトンネル電流を量子ドットに流した[図1(B)上]。そこに極微弱な遠赤外光を照射したところ、光子が一つ吸収される毎に電流が遮断されてパルス的な信号となり、単一の遠赤外光子が検出された(図2)。
 機構として重要な点は、光子の吸収によって量子ドット内の電子一つをエネルギーの高い状態に励起して量子ドットを異なる量子状態に遷移させることである[図1(B)下]。最低エネルギー状態の電子は量子ドットの周辺部に存在するが、励起状態の電子は中央部付近のみに存在するので分極が発生する。その効果がほぼ単一の電子の電荷による静電ポテンシャル変化に近いため、単一電子トランジスターを導通状態から遮断状態に遷移させて電流を変化させることができた。実行に際しては、効率を高めるために、磁場(3-4テスラ)を印可して、サイクロトロン共鳴吸収を利用した。検出された光子のエネルギーは磁場に比例し、6-8ミリエレクトロンボルト(波長 200-170μm)であった。量子ドットの構造を改良することにより、動作波長範囲を拡大することが可能である。
 本研究での波長範囲は170-200μmに限られているが、採用された原理を用いて50μmから1mmのより広い波長範囲に計測を拡大することが可能と考えられ、現在その試みを行っている。また、原理的な動作速度は10ギガヘルツ(実際上は100メガヘルツ [メガヘルツ=106/秒])と速い。従って、ここでの単一光子検出の成功は、光を越えてマイクロ波に至る幅広い光―電磁波領域における検出技術に全く新しい可能性をもたらしたものといえ、上記した諸分野への応用の可能性が拓かれた。特に、光電子増倍管に比して優れた大きな特長として、検出器自体が0.5μmと極めて小さい事が挙げられる。そのため他の半導体素子との集積化も夢ではなく、将来、より広い分野への応用も期待される。


This page updated on January 27, 2000

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