(補足説明資料(1))

原子波レーザーの実現へ向けた原子波の増幅に成功

東京大学大学院総合文化研究科 久我隆弘

 1995年にJILA(米国コロラド大学と国立標準技術局との共同研究機構)でルビジウム気体原子のボーズ・アインシュタイン凝縮(BEC)が初めて成功した後、その学問的な重要性、応用分野への将来性の高さから、世界各地の20カ所ほどの研究所で気体原子BEC研究が進められている。
 気体原子BECは、気体原子を冷却していき、原子の波束の広がりと平均原子間距離とが同程度になった際、個々の原子の波動関数の重なり具合から顕著に現れてくる量子統計性に基づく凝縮現象である。すなわち多くの原子が同じ運動量状態を占有するコヒーレントで巨視的な量子状態である。
 このBEC状態にある原子をビームとして取り出すことで、コヒーレント原子波ビームが実現されている。コヒーレント原子波ビームとは、白色光に対するコヒーレントな光としてのレーザーと同様に、熱的原子線に対する位相の揃った原子線であり、輝度(単位運動量あたりの原子数)や干渉性が極めて高い。すなわち、光レーザーが基礎物理学や応用分野にもたらした様々な恩恵と同様なもしくはさらに大きな恩恵が、この原子波ビームによりもたらされるものと期待できる。
 コヒーレント原子波に関する研究は干渉性の測定から非線形現象の観測に至るまで、ここ4年間に爆発的に進んだが、これまでの研究はコヒーレント原子波自体の性質を探求する研究であり、原子波から見ればいわゆる受動的(passive)な性質のみが議論されてきた。今回の我々の研究は原子波の振幅を増幅するという、原子波自体を能動的(active)に制御しようとする種類のものであり、学問的にはこれまでの研究と本質的に異なるものである。一方、応用面からいえば、物質波増幅の成功がもたらす恩恵は巨大である。現在得られているコヒーレント原子波ビームは、最初に準備した原子(約100万個)をすべて取り出した段階で動作が終了するため、その強度は非常に低く光レーザーの流量(単位時間に得られる光子数)に比べると100億分の1以下の流量(単位時間に得られる原子数)しか得られない。つまり応用を考える上ではまだ光レーザーの利便性に遠く及ばない。しかし、原子波をコヒーレント増幅して、光レーザーと同じように原子波レーザーが実現すれば事態は一変し、一気に実用化への期待が膨らむはずである。
 今回我々は原子波レーザーの強度を上昇させるための物質波増幅器を試作した。まず最初に、入力した原子波がゲイン媒質であるBEC原子気体内で増幅されたことを確認した(図1)。原子気体BEC(図の楕円形)に、原子の共鳴から2GHz程度離したレーザー光を左方向から照射し(操作A)、その後のBEC原子の振る舞いを測定した。このとき原子気体BECは、何の操作を施さないときとほぼ同じ振る舞いをした(図1i))
 次に、ブラッグ散乱の技術を用いて原子気体BECの6.5%をコヒーレントに散乱させた(操作B)。その結果が図1ii)に示されている。すなわち、約6.5%の原子が分離して観測された。
 図1 iii)は、上記の操作Bに引き続いて操作Aを施した結果である。それは両者の単純な足しあわせ(重ね合わせ)とは全く異なり、約66%の原子が散乱されている。これは、操作Bにより生み出された原子のある特定な運動量状態に対してAという操作を行うことで、その状態を占有する原子数が大きく増加したことを示す。すなわち、原子波の振幅が光レーザーにより増幅されたことになる。
 我々はこの物質波増幅過程について操作Aのレーザー照射時間を変えることで増幅率を変化させ、実験結果と理論による予測とを比較し、よい一致を得た(図2)。
  さらに我々は、増幅された原子波の干渉性を測定するためのBECマッハツェンダー干渉計(注*)を構築し、干渉縞の測定により、この増幅作用は最初に入力した原子波の位相に完全に一致しておこっていること、つまりこの増幅現象がコヒーレント増幅であることも確認した.。(図3)
 このように我々は世界で初めて物質波の増幅作用、すなわち能動的(active)な現象を観測した。この研究は、今後、インコヒーレント原子波内におけるコヒーレント原子波増幅に直接に結びつくものであり、原子波レーザーの実用化に向けての大きな進展である。
 

注)このマッハツェンダー干渉計も世界で初めて我々が作り上げたものである。


This page updated on December 17, 1999

Copyright(C)1999 Japan Science and Technology Corporation.

www-pr@jst.go.jp