別紙


国際共同研究「量子遷移プロジェクト」事後評価報告書

平成11年11月

 
評価委員
冷水佐壽 大阪大学 基礎工学部 物性物理工学科 教授
覧具博義 東京農工大学 工学部 物理システム工学科 教授
小林功郎 日本電気株式会社 基礎研究所 所長

 平成11年3月31日、評価のための会合をJST東京展示館において開催。榊裕之代表研究者が評価委員に対し、プロジェクトの終了報告を行った。
 榊代表研究者からの報告内容、事前に配付されていた研究終了報告書および成果報告会資料をもとに、各評価委員が評価内容をまとめた。最後に評価委員間の調整を経て、本評価報告書は作成された。
 

1. 研究の内容
 本研究プロジェクトは先の「榊量子波プロジェクト」における低次元半導体量子構造に関する研究を引き継ぐ形でスタートした。すなわち、先行プロジェクトで立ち上がった研究態勢を維持・発展することにより、研究資源の一層の有効活用を図るべく、同じプロジェクトリーダーである榊裕之教授による本研究プロジェクトが実施された。榊裕之教授は、長年にわたって、量子井戸・量子細線などの低次元半導体量子構造の研究において多くの基本的な概念を創出して、この分野の研究を世界的にリードしてきた。彼とその研究グループは、我国において本国際共同研究プロジェクトを遂行するための最良の研究グループであると言える。
  研究テーマは、半導体材料の中で今最も注目されているもののひとつである低次元半導体量子構造(量子細線や量子ドット)に関するもので、10nmレベルの低次元半導体量子構造の設計・試作を行い、そこに閉じ込められた電子やホールの示す光学的・電気的特性を測定するとともに、理論解析と実験結果との比較検討により、現象の理解を深めている。低次元半導体量子構造における遷移過程の探索研究として、バランスのとれた研究手法が取られている。もともと、着想の新しさと明快さはこの研究グループの特長であり、5年前にこれら半導体量子構造における量子準位間の電子遷移に注目した本プロジェクトの研究指針の確かさは、その優れた研究成果によって示されている。特に、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の自由電子レーザ施設を利用したテラヘルツ光による低次元半導体量子構造のサブバンド間遷移に関する共同研究は世界に先行する独創的な研究である。
2. 研究成果の状況
 本プロジェクトでは、さまざまな量子細線(エッジ量子細線、T字型エッジ量子細線、電界誘起エッジ量子細線、リッジ型量子細線)やプレーナ超格子、量子ドットの作製と特性評価、素子応用の提案などが行われており、多彩で質の高い研究成果が得られている。基礎研究だけでなく、デバイス応用にも高い関心が払われている。
  5年間の論文等の発表が208件あり、活発な研究活動が行われたことを反映している。継続した研究プロジェクトとして、すでに立ちあがっている研究資源の有効利用が図られ、効率の良い研究が実施されたことを示唆している。優秀な大学の研究グループに対して「創造科学」、そして「国際共同研究」の形で継続的に財政的支援が提供されたことは適切であったと思われる。
  本プロジェクトの中でもとりわけ注目されるものに、低次元半導体量子構造における電子の遷移とテラヘルツ光及び赤外光に対する応答の研究がある。これは共同研究先のカルフォニア大学サンタバーバラ校が所有する自由電子レーザを利用することによって可能になった研究であり、この国際共同プロジェクトの真価をもっとも端的に発揮したものといえる。テラヘルツ光と赤外光の同時照射による非線形光学効果の発見は、半導体量子構造の新しい研究手段としても、応用の可能性からも多大な関心を集めている。また、サブバンド間遷移に基づく中(遠)赤外-近赤外波長変換効果は光学遷移と空間遷移を組み合わせたダイナミックな量子遷移として今後の概念的な発展が大いに期待されるだけでなく、応用という点からもきわめて興味深い。オランダのデルフト工科大とも共同研究した単電子トランジスタ構造へのマイクロ波照射実験も、本プロジェクトのデバイス構造形成技術とヨーロッパの独創性に富む基礎研究を結びつけて、学際的な研究の発展をもたらしたものとして評価できる。
3. 研究成果の科学技術への貢献
 本プロジェクトは、世界的に注目され活発な研究が進められている低次元半導体量子構造の研究において注目される研究成果を上げ、世界の研究をリードしてきた。200件を越す質の高い研究発表は世界的な研究の進展に大きく貢献している。
  シンポジウムの開催や多数の研究発表を通じて、また、国際共同研究チームの内部はいうまでもなく、プロジェクト外部とも世界的な規模で行われた研究交流を通して、本研究プロジェクトがこの分野における世界の研究の発展に大きく寄与をしたことは高く評価される。
  しかし、研究終了直後の議論は思い入れなどに左右される可能性が高い。科学技術への貢献は、5年から10年の追跡調査をした後、客観的に本プロジェクトの研究成果の真価を確認する作業の中で議論されるべきであると思われる。
4. 相手機関との研究交流状況
 共同研究先のカリフォルニア大学サンタバーバラ校の量子構造研究グループも、この分野の研究で世界のトップレベルにあり、両者の連携は双方に有益な刺激をもたらしたものと思われる。連帯先の自由電子レーザは容易に得られぬ貴重な研究手段を提供し、本プロジェクトの共同研究を真に意義深いものとしており、国際共同研究の一つの望ましいモデルになるものと思われる。特に、この自由電子レーザ施設のあるカリフォルニア大学に日本人研究者が交代で常駐したことは、彼らを接点として、日本側からの短期出張者と米国側の研究者との共同実験や討論を実り豊かなものにするに効果があり、本国際共同研究が大きな成果を上げえた一因と考えられる。
  本プロジェクトの主たる連携先機関に加えて、デルフト大学や、その他のヨーロッパの研究者が様々な形で共同研究を実現したこともプロジェクトマネージメントの成功として高く評価される。研究開発は5年程度の期間にも当初の予想を超えて急速に進展変容していくのが常である。プロジェクトの核は確たるものとして維持する必要があるが、その上で研究の進展に応じてフレキシブルな運営を可能にしたことも本プロジェクトの成功の一因となったと考えられる。榊教授をはじめとする本研究プロジェクトを担った研究者のすぐれた国際共同研究遂行能力と多大な努力によるものである。

This page updated on December 8, 1999

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