別紙


広橋細胞形象プロジェクト事後評価報告書

評価委員
田原榮一  広島大学医学部 教授 
三輪正直  筑波大学基礎医学系 教授 
森 道夫  札幌医科大学医学部 教授 

1.研究の内容

 広橋細胞形象プロジェクトは、1993年からの5年間、細胞とその社会の構築を探る多面的なアプローチからの研究活動を展開してきた。その研究内容は独創的かつ先進的でありながら、バランスのとれたプロジェクトであったと総括でき、高く評価される。
 本プロジェクトの中心をなしているのは「形態には細胞、そしてその社会の構築や機能に関する豊富な情報が秘められている」という考え方であり、ここにはプロジェクトリーダーである広橋説雄氏の長年にわたる病理学・形態学の研究経験から導き出された信念が感じられる。細胞形象という概念はプロジェクト開始時には存在しなかったものであるはずだが、近年の生命科学研究・分子細胞生物学研究における研究方向は確実にこの概念が指し示す方向へと向かっている。このことは、本プロジェクトの戦略の正しさとともに、先見性を示している。一方、バランスの良さは有機的連携をもって進められた技術開発と機能解析研究の探索手法の開発を目指し、また機能解析研究では形態関連分子の機能を明らかにするべく、分子生物学・発生学・病理学・応用光学などの様々な方向から研究が展開された。このように研究手法・対象が多様な中にもプロジェクトとしての一貫した方向性が強く打ち出されており、全ての研究が形態に基盤をおいて、現代生命科学の中心課題である機能と形態の相関性を分子の言葉で明らかにするという研究が見事に具体化されている。
 

2.研究成果の状況

 本プロジェクトで特記すべき研究成果は、まず、多孔プレートを利用してcDNAクローンを個々に独立して扱ったin situ hybridization法やGFP-fusion protein蛍光観察法の開発である。この手法は、形態の情報を基盤に細胞特異的に発現する遺伝子や特徴ある細胞内局在を示す蛋白質のスクリーニングを高速に多検体で行う手法であり、まさに細胞形象の実体である分子-形態-機能を一括して解析するための優れた技術である。従来から多くの細胞生物学・形態学・病理学の専門家が待ち望んでいたものであり、形態の情報を分子レベルに素早く転換できるこの技術が確立されたことは関連研究分野の発展に大きく寄与すると考えられる。
 一方、機能解析的側面での研究では、プロジェクトリーダーが長年取り組んできた細胞接着分子カドヘリンに関する研究で着実な進歩が認められた。新規なカドヘリン分子を複数単離し機能解析を行うことで、分子的側面での研究発展に大きく寄与するとともに、細胞膜状での立体構造においても独創的実験により新たな知見を見いだしている。さらにこれらの知見が基盤となって、細胞増殖制御と接着制御の相互作用や、新たな細胞接着制御機構の研究も進んでいる。これ以外にも、細胞間相互作用や遺伝子発現、シグナル伝達などの研究が活発に行われ、それぞれが国際的に高く認められている英文一流雑誌に発表され極めて高いインパクトファクターが得られており、十分評価される。
 

3.研究成果の科学技術への貢献

 次に、研究成果の科学技術への貢献についてみると、生体機能分子の局在という形態情報による高速多検体遺伝子スクリーニング法は、形態と機能の相関性を分子レベルで明らかにできる優れた技術として非常に着目される。事実、多くの研究室から手法に関する問い合わせを受けているとのことであり、この分野における反響の大きさが感じられる。また、本プロジェクトの主要テーマであるカドヘリン・カテニンなどの細胞接着関連分子群の研究では、遺伝子発現制御、発生プログラム、そして発がんならびにがん転移などとの強い関連が明らかにされ、この研究は生命科学のより広い分野での注目を集める話題となっている。このような研究上の盛況を招いた一つの要因にプロジェクトにおける研究が大きく寄与していることは明白であり、この点でも貢献は大きいものと評価できる。
 更に、本プロジェクトがもたらした波及効果としては、細胞形象という概念の確立が第一に挙げられよう。この概念に立脚して産み出された研究は現在、分子形態学・分子病理学という新しい学問分野を形成するまでに拡張してきている。この学問分野から基本生命現象や疾病の基盤となっている重要な分子の発現、さらにはそれに対する治療開発などの応用研究が展開されていくであろうとは想像に難くない。同時に、この細胞形象研究から産み出された技術、特に高速多検体の遺伝子スクリーニング手法などはゲノムの情報に形態の情報を加えるものとして、我が国なりのゲノム研究そしてポストゲノム研究の展開に大きく貢献できるものと期待される。
 

4.その他の波及効果

 最後に、このように優れたコンセプトを持った指導者の下で大きな自由度をもって研究活動に打ち込んだ若手研究者もそれぞれ成長し、新しい研究ポジションを確定しており、人材の成育や流動化という側面でも大きな成功を収めていることを附記しておく。


This page updated on December 8, 1999

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