(補足説明資料)


ATP合成酵素(FoF1)のcサブユニットの回転

大阪大学・産業科学研究所 二井 将光

 

 ATPは生物がエネルギーを必要とする時に用いている「エネルギー貨幣」とよぷべき物質である。「ATP合成酵素(FoF1)」は、ミトコンドリアや葉緑体の膜に存在し、生物にとって必要なATPを合成している。これらのオルガネラ(細胞内小器官)の内外のプロトンの濃度差を騒動力として、ATP合成酵素はADPと無機リン酸からATPを合成する膜酵素である。また逆反応として、ATP合成酵素はATPを分解し、プロトンを輸送することができる。この酵素の膜から外へ突き出ているF1部分はATPを分解あるいは合成するという触媒反応を行っている(図1)。一方、Fo部分は膜の中にあり、プロトンの通り道になっている。F1による触媒反応とFoによるプロトンの輸送機構に関して我々は多くの成果を上げてきた。本論文で、我々はFoのcサブユニットがATP分解の化学エネルギーを用いて回転することを発見し、ATP合成酵素が生体膜に存在するモーター蛋白質であることを示した。ATP合成酵素はシナプス小胞やリソソーム等のオルガネラの内部を酸性にしている液胞型ATPaseときわめてよく似ている。従って本研究は酸性オルガネラの理解にも通じるものである。以下に論文の背景と 内容を述べる。
 ATP合成酵素(FoF1)は分子量50万を越える蛋白質複合体であり、F1はα、β、γ、δ、εサブュニット(構成タンパク)より、Foはa、b、C のサブユニットより構成されている(図1)。ATPの分解・合成を行っているのはβサブユニットである。1つのATP合成酵素に3分子存在するβサブユニットは、ATPが結合した状態、ADPが結合した状態、何も結合していない状態をとっている。3分子のβサブュニットはこのような状態を次々にとることによって反応を進めている。
 3分子のβサブユニットは、3分子のαサブユニットとみかんの房のように交互に並び、その中央にγサブユニットが配置している(図1)。我々の研究室では、これまでに遺伝学的・生化学的手法によってγサブユニットがATPの分解・合成と共役するプロトンの輸送に重要な役割を持つことを明らかにしてきた。さらに、木下・吉田ら、および我々の研究からF1のみを単離しATPを添加すると、ATP,分解反応に伴ってγサブユニットが一定方向に回転することが明らかとなっている。すなわちF1という人工的な系においてもATPの化学エネルギーがγサブユニットの回転という機械的な仕事に変換される。この回転は3分子のβサブユニットが3つの異なる状態をとるために必要である。
 さて、FoF1の機能を知る上で重要な課題は、ATPの合成(分解)とγサブユニットの回転が、どのようにFo部分のプロトンの輸送に関わっているのかを明らかにすることである。我々は「γサブユニットの回転と連動し、Fo部分も膜の中で回転しているのではないだろうか?」という疑問を持った。この疑問に答えるために、我々は「ATPの分解に伴って1分子のATP合成酵素のFo部分がどのような挙動を示すか」を観察する実験系を確立した。
 精製したATP合成酵素のFo部分が上になるようにα、βサブユニットをガラス表面に固定し、Foのcサブユニット(10〜12分子がオリゴマーとなっている)のてつペんに蛍光標識したアクチン繊維を結合させた(Science論文のFig1,及び図1)。この実験系を用いると、ATPの分解に伴って、もしcサブユニットが回転すれば、アクチン繊維の回転が光学顕微鏡で見える筈である。実際にATPを添加すると、回転が観察された(図2)。すなわちATPの分解エネルギーによってcサブユニットが膜内で回転することが明らかになった。このようにATP合成酵素の一部分が膜内で回転することを初めて示したのが本論文の大きな頁献である。
 我々が得た結果は、ATP合成酵素がATPを分解する時にcサブユニットがγサブユニットと連動して回転していることを示している。この結果から逆に、「プロトンの輸送に伴い、cサブユニットが回転し、同時にγサブユニットが回転、この回転と連動してβサブユニットにおいてはATPが合成される」と考えられる。本研究により、1分子レベルでのATP合成酵素の解析が可能になった。我々の成果から、ATP合成酵素は生物の持っている小さなモーターであると考えることが出来るだろう。このモーターの応用面が今後どのように開かれるか大変に興味深い。


This page updated on November 26, 1999

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