お知らせ


平成11年9月14日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話048-226-5606(総務部広報担当)

個人研究推進事業における成果について
「見えていない部分を「在る」と知覚する機構に関与している細胞の発見」

 科学技術振興事業団(理事長 中村 守孝)の個人研究推進事業において、研究課題「変換視野への順応に伴う大脳皮質視覚領の大規模可塑性」(研究者 杉田陽一 工業技術院生命工学工業技術研究所 室長)に関して行われた研究で、サルの脳を使用した実験から、障害物によって物体の一部が隠されても、その見えていない部分を「在る」と知覚する視覚情報処理の機構に脳の第一次視覚野の細胞が関与していることを発見した。本成果は、9月16日付英国科学雑誌「ネイチャー」にて発表される。

 日常生活において、見ようとする物体の一部が障害物によって隠され部分的に見えなくなることがよくある。例えば、茂みの背後の動物、電柱の後ろの家などである。しかし、我々はそれらの物体の一部が隠され見えなくなっていても、隠れた部分が「在る」ものとして、物体全体を捕らえ知覚している。
 本研究では、この見えていない部分を「在る」ものとして知覚する脳の機構を調べるため、サルに絵を見せ、サルの第一次視覚野の細胞活動を測定した。
実験に用いた絵は、「隙間のある棒」(垂直方向に並んだ2本の短い棒)と「障害物」としての平面四角形であり、サルに両眼立体視でこれらの図形を見せた。「隙間のある棒」と「障害物」(平面四角形)との空間的位置関係を変化させることで、「隙間のある棒」が「障害物」の後ろに見えたり、手前に見えたりまたは同一平面上に見えたりする。
 「隙間のある棒」を左右に動かせた時に、サルの第一視覚野の細胞の活動強度を測定した結果、「障害物」の後ろで「隙間のある棒」が左右に動くときには細胞から強い活動が観測された(図D)。「障害物」の前で「隙間のある棒」が左右に動くとき(図E)または同一平面上で左右に動くとき(図C)にはその細胞の活動は観測されなかった。比較実験として、「隙間のある棒」のみを左右に動かした場合(図B)と、一本の垂直な棒を左右に動かした場合(図A)の測定を行った。「障害物」の後ろで「隙間のある棒」が左右に動くときには、あたかも一本の棒が動いているように知覚していることが分かる。見えていない部分を「在る」と知覚する機構に第一視覚野の細胞が関与していることが明らかとなった。
 これまで、見えていない部分を「在る」と知覚する視覚情報処理の機構は情報を部分に分解して並列に処理した後、統合して全体像を作成していると考えられてきた。しかし、本研究の結果は、既に最初の段階で全体像を予測し視覚情報処理を行っていることを示唆している。
 今後は、この視覚情報処理機構を行うための神経回路網を同定し、ものを見て知覚するメカニズムの解明に少しでも近づいて行けば、将来、人間と同じような視覚ロボットが実現するものと期待される。

注(用語の説明)
 第一次視覚野:網膜からの視覚情報が最初に到達する大脳皮質の視覚領野

研究の概要

問い合わせ先
(1)杉田 陽一(スギタ ヨウイチ)
  工業技術院生命工学工業技術研究所
  〒305-0046 つくば市東1-1
  TEL 0298-54-6635、FAX 0298-54-6635
(2)所 健児(トコロ ケンジ)
  科学技術振興事業団 個人研究推進室
  〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
  Tel 048-226-5641、Fax 048-226-2144

This page updated on September 17, 1999

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