補足説明


 ほぼ全ての真核生物の細胞には、自殺(アポトーシス)の機構が備わっており、アポトーシスは、細胞増殖と並び生命維持に必須の細胞活動の一つである。個体発生時の形態形成や細胞交代による組織の恒常性の維持、あるいは不要または有害な細胞の除去などにおいて重要な機能を果たしている。アポトーシスの異常は、がん、自己免疫疾患、神経変性疾患、梗塞などの多くの疾患発症の原因にもなっており、種々の疾患治療の面からもその分子機構の解明が急がれる。1985年に辻本らが単離・同定したBcl-2遺伝子は、このアポトーシスを抑制する機能をもっており、その機能が亢進するとがんが発生し、また機能が抑制されると運動神経変性疾患が生じることも明らかにされている。Bcl-2に構造が類似したたんぱくが約10数種類存在し、これらはBcl-2ファミリーを形成している。Bcl-2ファミリーのメンバーのあるもの(Bcl-2, Bcl-xL)はアポトーシスを抑制するが、他のもの(例えばBaxなど)はアポトーシスを促進する。しかし、これらBcl-2ファミリーたんぱくの機能の生化学的基盤は明らかにされていなかった。
 アポトーシスシグナルはミトコンドリアに伝達されると、外膜・内膜間隙に存在するチトクロムc(生細胞では呼吸のための必須の因子である)が細胞質に放出される。細胞質に出たチトクロムcは細胞質たんぱくであるApaf-1に結合し、この複合体はカスペース(アポトーシスの実行に関わるたんぱく分解酵素)の一つであるカスペース9の前駆体(不活性)をリクルートしオリゴマー形成を通して活性化する。活性化されたカスペース9は下流のカスペースを活性化し、カスペースカスケードをフルに活性化する。活性化されたカスペースは細胞内のクリティカルなたんぱく(まだ多くは同定されていない)を切断し、アポトーシスに特異的な形態変化や生化学的変化を実現していく。Bcl-2ファミリーたんぱくは、ミトコンドリアに局在し、このチトクロムc遊離を制御している。Bcl-2はチトクロムc遊離を抑制し、Baxは促進する。
 今回の我々の解析で、Bcl-2ファミリーたんぱくのターゲットがミトコンドリア外膜上に存在するチャネルVDAC (Voltage-dependent anion channel)であることが明らかになった。BaxはVDACに結合し、その活性を促進し、Bcl-xLはVDACに結合しその活性を抑制する。興味あることにBaxはVDACの孔サイズを増大し、通常では通過しえないチトクロムcの通過を可能にする。またこの変化はBcl-xLの共存で完全に抑制される。この結果は、アポトーシス時にチトクロムcが如何にしてミトコンドリアから遊離されるか、またBcl-2やBcl-xLが如何にしてその遊離を抑制するかのメカニズムを明らかにしたものであり、アポトーシス研究の中心命題の一つが解けたことになる。


This page updated on June 16, 1999

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