研究課題別研究評価


研究課題名: 父親、母親に由来するゲノムの機能的差異
研究者名: 石野 史敏
研究の狙い:  哺乳類の個体発生、成長、行動に影響をあたえるゲノムインプリンティング現象に関係するインプリンティング遺伝子の体系的な分離、およびこれらの体系的遺伝子発現・機能解析により、この現象の全貌を把握すること。
研究結果及び自己評価:  さきがけ研究21の期間に、父親性発現を示すインプリンティング遺伝子群(Paternally expressed genes:Peg)に加え、母親性発現を示すMeg(Maternally expressed genes)遺伝子群の体系的分離を行い、新規インプリンティング遺伝子9個を含む13個のインプリンティング遺伝子の分離に成功した。これにより、マウスのインプリンテイング効果を示す10の染色体領域のうち7領域について、インプリンティング遺伝子の存在を確認することができた。他の研究者の解析結果とあわせると9領域が確定されたことにより、「ゲノムインプリンティング現象とはPegとMegの2群のインプリンテイング遺伝子の発現の異常(過剰または欠損)によるものである」ことを実証するために大きく貢献できた。
 ヒトにおけるゲノムインプリンティング型遺伝病の原因遺伝子の同定のための研究として、出生前後の成長遅延を起こすSilver-Russell症候群では PEG1/MEST、脳腫瘍であるグリオーマの発生では PEG 3、胎児性のガンであるWilms 腫瘍発生では PEG 8、の解析を行った。いづれも本研究で新規に分離された遺伝子のヒト相同遺伝子であり非常に良い原因候補遺伝子である。
 インプリンテイング遺伝子の発現部位の体系的解析から、これらが共通して胎盤組織で発現することを発見した。このことから、ゲノムインプリンティングを胎盤での遺伝子発現のための機構と考える新しい考えを、新胎盤仮説として提唱した。また、卵成熟過程に母親性のインプリンティングが成立すること、Pegも Megも母親性のインプリンティングの影響下にあることを明らにし、ゲノムインプリンティングの機構解明に重要な手がかりを得ることが出来た。
 自己評価としては、さきがけ研究21の期間に計画していた研究の多くを、一歩一歩積み上げながら行うことが出来たと考えています。ある生命現象の解明のために、それに関係する遺伝子を体系的に解析するという分子生物学の基本的な戦略が、ゲノムインプリンティングという哺乳類特異的な遺伝子発現現象の解析にも充分通用することが確認され、さらにこのように集めた遺伝子群を体系的に解析することによって分子機構や生物進化における役割に関する新しい視点が得られたことが大変嬉しく思つています。これらの成果は、自分および共同研究者との討論から生まれてきた本当にオリジナルなものであると自信を持って言えます。これは、さきがけ研究21という制度で、豊島領域総括のもとで3年間じっくりと研究できる機会を与えていただいたおかげであると大変感謝しています。
 反省点としては、この3年間にもっとテーマを絞れば、分子機構についてさらに進んだ成果を出せたかもしれないと思っていることが挙げられます。ヒト遺伝病や個々の遺伝子の機能解析など少し手を広げ過ぎたために、インプリンティング制御に関係するDNA配列の決定やこれに結合して領域の遺伝子制御を行う因子の分離などの研究が遅れ気味になってしまったかも知れないと思います。しかしその反面、これらのどの研究もゲノムインプリンティングを異なる角度から眺めている研究であり、最終的に全体像を完成させるためには必要なことであったと信じています。分子生物学的には最短のルートではなかったかも知れないけれど、生物学として見た場合には結局通らなければならない道であったと将来言えればよいなと考えています。さきがけ研究21終了後の最重要課題は分子機構の解明であり、現在全力をあげて研究しています。また、新規インプリンティング遺伝子の体系的分離の必要性はまだなくなったわけではなく、今後もこれを基本に置きながら研究を進めていきたいと考えています。父親性発現、母親性発現に真に生物学的に意昧のある新規遺伝子が分離できれば、この研究分野を 本来どのようにとらえるべきかという問題に関して新しい視点を加えることが出来ます。まだまだ、この分野では二転三転のある展開があるのではないかと考えています。
領域総括の見解:  ゲノムインプリンティング解析:初めて申請を見たときは、またインプリンティングかと思ったが、ユニ−クな変異マウスを利用し、素晴らしい展開をしている。戦略的基礎研究課題に採択された。
主な論文等:
1. Kaneko-Ishino,T.,Kuroiwa,Y.,Kohda,T.,Surani,M.A. and Ishino,F. Systemic approches for the identification of imprinted genes. In Frontiers in Molecular Biology:Genomic Imprinting (eds.W.Reik and M.A.Surani) IRL press, Oxford, pp.146-164 (1997)
2. Miyoshi,N., Kuroiwa,Y., Kohda,T., Shitara,H., Yonekawa,H., Kawabe,T., Hasegawa,H., Barton,S.C., Surani,M.A., Kaneko-Ishino,T. and Ishino,F. Identification of the Meg1/Grb10 imprinted gene on mouse proximal chromosome 11, a candidate for the Silver-Russell syndrome gene. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95(3), 1102-1107 (1998)
3. Obata,Y.,Kanako-Ishino,T.,Koide,T.,Takai,Y.,Ueda,T.,Domeki,I.,Shiroishi,    T.,Ishino,F. and Kono,T. Disrupution of primary imprinting during oocyte growth leads to the modified expression of imprinted genes during embryogenesis. Development, 125(8),1553-1560 (1998)
4. Lefebvre,L.S.,Viville,S.,Barton,S.C.,Ishino,F.,Keverne,E.B. and Surani, M.A. Abnormal maternal behaviour and growth retardation associated with loss of the imprintedgene Mest. Nat.Genet., 20(2), 163-169 (1998)
特許:  1件(発癌抑制遺伝子,1997,国内)
招待講演: 2件

This page updated on September 1, 1999

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