原子力システム研究開発事業

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平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

極微量放射性核種AMSによる原子力施設環境モニタリング研究

(受託者)国立大学法人筑波大学
(研究代表者)笹 公和 大学院数理物質科学研究科
(研究開発期間)平成20年度〜21年度

1.研究開発の背景とねらい

 本研究では、大型タンデム加速器を用いた加速器質量分析法(Accelerator Mass Spectrometry: AMS)による重い極微量放射性核種の超高感度測定法を開発する。また、AMSにより検出が可能となった環境中の極微量放射性核種を原子力施設環境モニタリング研究に適用する。AMSは測定対象核種を加速器で高エネルギーに加速し、物質中のエネルギー損失差を利用して妨害となる同重体や分子イオンを分離分別して、核種を1個単位で計測する最先端同位体分析法である。研究代表者は、重い極微量放射性核種である塩素36 (36Cl, 半減期30.1万年)、ヨウ素129(129I, 半減期1570万年)などのAMSによる超高感度測定法の開発をおこなっている。本研究では、AMS測定法の改良により極微量放射性核種の検出性能を向上させ、原子力施設周辺の土壌・地下水等の環境中に存在する極微量放射性核種を分析する環境モニタリング手法を確立する。また、放射線発生施設の遮蔽壁等に生成された塩素36のAMS測定により、クリアランスレベルと熱中性子積算線量を推測する方法を開発する。少量の試料から過去の履歴を含めた環境モニタリング研究が可能な手法とする。極微量放射性核種のAMS測定についての技術開発と環境モニタリング、クリアランスレベル検証、熱中性子積算線量推測法、NPT検証法などの原子力分野への適用を目的とする。

2.研究開発成果

 図1に研究代表者が開発した筑波大学12UDペレトロンタンデム加速器を用いたAMS装置の概略図を示す。安定同位体イオンは加速器入射前に電流値として計測される。加速器質量分析法による測定結果は、安定同位体と目的とする極微量放射性核種との同位体比で表される。図2に塩素36のガスΔE-E検出器による2次元スペクトル測定結果を示す。36Cl14+を100 MeVまで加速して、妨害となる36Sとの明瞭な分離識別測定を可能とした。本研究成果により、塩素36では36Cl/Cl同位体比10-15台の超高感度検出に成功している[1]

図1
図1 12UDペレトロンタンデム加速器を用いた加速器質量分析装置.
図2
図2 36Clの加速器質量分析スペクトル.
(a) 標準試料36Cl/Cl=1.60×10-12(5分間測定).
(b)ブランク試料: 36Cl/Cl<1×10-15 (30分間測定).横軸は検出器で測定した粒子の全エネルギー.縦軸はガス中での粒子の損失エネルギーをチャンネル数で表す.

 本研究成果として、原子力施設周辺の土壌、降水等に含まれる塩素36とヨウ素129について、環境モニタリング指標として利用する為の測定手法を確立して、継続的な測定データの取得体制を整えた。環境試料中のμBq/kg程度の極低濃度放射性核種の測定がおこなえることを確認した。図3に福島県で採取した土壌中の塩素36濃度の深度分布を示す。過去の核実験起源の塩素36が表層に残留していることがわかる。また、施設遮蔽コンクリート中に生成された極低濃度の塩素36を高感度で検出することに成功し、塩素36のクリアランス検証手法を確立した。35Cl(n, γ)36Cl反応による塩素36濃度から、施設で発生した熱中性子積算線量の計測方法を確立した。熱中性子積算フルエンス1010 - 1014 n/cm2の範囲での計測性能を確認した。図4には、放射線発生施設の遮蔽物中での熱中性子積算フルエンス測定と計算結果との比較を示す。その他、降水中の塩素36濃度や国内表層土壌に含まれる塩素36等の基礎データを取得した。降水中の塩素と塩素36濃度を定期観測すれば、海洋や国外地域での核実験等の異常時における塩素36濃度増加の監視に適用可能である。また、原子力施設の壁表面の数g程度の試料から放射性核種を高感度に検出可能とした。施設検証評価法として、極微量放射性核種の高感度AMS測定の有用性を確認した。本研究により、塩素36測定では世界最高性能となる測定精度2%、同位体比10-15の測定と検出効率を達成した。ヨウ素129測定では、バックグランド試料において同位体比129I/127I=7×10-13となった。

図3
図3 土壌中の塩素36濃度の深度分布.表層に核実験起源の濃度ピークが確認できる.
図4
図4 遮蔽コンクリート中の塩素36測定による熱中性子積算フルエンス深度分布の測定結果と計算結果の比較.
3.今後の展望

 本研究により、環境中の極微量放射性核種のAMS測定法を確立した。これらの手法は原子力施設の環境モニタリング研究に適用可能である。また、塩素36について、クリアランス検証方法を実用化した。その他、塩素36測定から熱中性子の積算線量を推測する手法を開発した。原子力施設の運転履歴に依らずに、熱中性子積算線量を推測することが可能な画期的手法となる。これらの研究成果は、原子力施設の環境調査研究、廃炉等における原子力施設解体時の廃棄物量の予測と軽減に利用可能であり、社会・経済への波及効果は大きいと思われる。本研究成果は、原子力分野以外にも地球環境科学、生命科学、年代測定学などの新たな研究分野への応用が期待できる。

4.参考文献

[1] Multi-nuclide AMS system at the University of Tsukuba, Kimikazu Sasa, NUCLEAR PHYSICS TRENDS: AIP Conference Proceedings Volume 1235, 2009, pp. 152-158.

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