原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

高速増殖炉ナトリウムからのトリチウム移行制御に関する研究開発

(受託者)国立大学法人静岡大学
(研究代表者)大矢恭久 理学部 准教授
(再委託先)国立大学法人東京大学

1.研究開発の背景とねらい

 高速増殖炉においてトリチウムは燃料棒中における核燃料の三体核分裂反応、制御棒中の中性子吸収材であるホウ素の10B(n,2α)反応および冷却材中に含まれる不純物としてのホウ素やリチウムと中性子との6Li(n,α)反応によって生成される。この高速増殖炉で生成されるトリチウム量は軽水炉や重水炉と同程度であるが、高速増殖炉では生成されたトリチウムは、シーベルト則により鋼材に溶け込み拡散し、管壁を透過して一次ナトリウム中に移行する。これまでに高速増殖炉中におけるトリチウムの挙動解析としてはTTT(Tritium Transport and Trap Analysis Code)が開発されており、もんじゅの予測評価がすでに実施されており、二次ナトリウム中のトリチウム約2%が冷却水へ移行すると考えられている[1]。日本におけるトリチウムの排液中又は排水中の濃度限度は6×101 Bq/cm3と規定されているため、現状の濃度において環境中に放出しても法律上は大きな問題とはならないが、大きなコストをかけずに環境中へのトリチウム放出量をさらに低減できれば、高速増殖炉の社会的受容性をさらに高めることが可能であると考えられる。
 そこで、本事業では高速増殖炉において生成するトリチウムを、蒸気発生器内において効率的かつ能動的に回収することにより、トリチウムの水ループへの移行を低減化するための技術を開発することを目的とし、トリチウム透過回収挙動評価およびトリチウム透過回収挙動解析および捕捉状態シミュレーション評価を実施している。
 また、トリチウム透過回収挙動評価に関しては計算システムおよびシミュレーション手法の構築を行い、管表面におけるトリチウムの吸収、脱離の活性化エネルギーを、VASPコードを用いた密度汎関数理論に基づく量子力学計算により評価するとともに、固体内でのトリチウムの拡散障壁を、VASPコードを用いた密度汎関数理論に基づく量子力学計算により評価している。

2.研究開発成果

(1)トリチウム透過回収挙動評価
 これまでに高速増殖炉蒸気発生器中の二重管を模擬するとともに、その二重管の間にアルゴンを導入し、トリチウム回収を模擬できる透過回収分析システムを設計・製作した。水素同位体(トリチウムを含む)を透過させることが可能なシステムとし、試料温度を350℃まで加熱できる仕様にするとともに、透過および回収される水素同位体を同時に測定するために二つの質量分析器を備えたシステムを構築した。試料の配置と回収ガス経路の詳細図を図1に示す。
 本試験において設計製作した透過回収分析システムにおいて重水素を用いた透過・回収評価を実施した。はじめに試料を一枚にし、試料温度を100℃から350℃に変えた際の重水素透過量を評価し、文献値の透過係数を用いて、透過速度を評価し、本試験装置における透過速度の関係を評価した。
 次に試料を二枚にし温度を350℃で、12時間の重水素ガス曝露による重水素透過実験を行った。二重管内のアルゴンガス中の酸素濃度を0および10000ppmとして、重水素の透過量および回収量を評価した結果、表1に示すとおり、二重管を模擬し、アルゴンまたは酸素10000ppm添加したアルゴンを用いることにより、ステンレスのみの通常管よりも重水素の透過量が減少することを確認した。ステンレスのみの通常管と比較して二重管において、管の間にアルゴンを導入することにより重水素の透過量が約1/40に低減することを確認できたとともに、酸素10000ppmのアルゴンを用いることにより重水素の透過量が約1/200にまで低減することが確認できた。
 酸素を添加することによりトリチウム透過を低減できる可能性が示されたため、さらに詳細に酸素濃度依存性について明らかにするために、透過速度に及ぼす酸素濃度依存性について検討したところ、図2に示す結果が得られた。この結果より、酸素濃度は高いほど重水素の回収が効率的に行われるわけではなく、酸素濃度1000ppm程度が最も効率的であることが示された。

(2)トリチウム透過回収挙動解析および捕捉状態シミュレーション評価
 トリチウム透過挙動をシミュレーションするために、その素過程である水素同位体の吸脱着挙動や拡散挙動を、ステンレス鋼の母材である鉄を対象として量子力学計算により評価した。そして、その結果に基づき、(i)吸収、(ii)固体内拡散、(iii)捕捉・脱捕捉、(iv)脱離の4過程を包括的にモデル化するモンテカルロ法の計算コードを構築した。量子力学計算では、密度汎関数理論に基づくVASPコードを利用した。表面とバルクにおける水素同位体の安定位置を決定し、表面からバルクへの水素同位体の移行障壁を評価した。これらの計算により得られたポテンシャル曲線の概略を図3に示す。拡散障壁や吸着エネルギーについて、計算結果は一般に実験結果との良い一致を示した。モンテカルロ法では、図3のポテンシャル曲線を利用して、水素同位体の透過挙動をシミュレーションした。計算結果は、水素同位体の溶解度や透過係数の水素分圧依存性について、古典理論と同様の依存性を示した。また、透過係数については、実験結果と同オーダーの値が確認された。これらの結果は、モデル化は適切に行われたことを示している。シミュレーション結果の一例として、図4に水素同位体透過係数の表面脱離障壁依存性を示す。2(1)の実験結果と同様に、脱離障壁を増加させることで、透過速度を低減できることが確認できた。実験値との定量的な違いは、純鉄(計算)とステンレス鋼(実験)の違いや表面酸化層の厚みの違い等に由来すると考えられる。

3.今後の展望

 これまでにアルゴンパージガス中に1000ppm程度酸素を入れることにより効率的なトリチウム回収が可能であることが示唆され、これらの理論的に評価するモデルの構築が出来上がった。今後はトリチウムを実際に利用し、定常的なトリチウム透過挙動評価をめざすとともに、トリチウム回収モデルと組み合わせることにより、さらに最適な回収条件について検討を進める。


4.参考文献

 [1]飯沢克幸、鳥居建男、高速炉トリチウム挙動解析コードの開発、サイクル機構技報(2001) p.25.
Japan Science and Technology Agency
科学技術振興機構 原子力システム研究開発事業 原子力業務室