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公正事業オリジン

「考え・気づかせる」研究倫理教育 ~AMED 研究公正シンポジウム 報告~

会場風景

 日本医療研究開発機構(AMED)主催(日本学術振興会、科学技術振興機構 共催)の「研究公正シンポジウム RIOネットワークキックオフシンポジウム「考え・気づかせる」研究倫理教育」が2017年11月29日、都内で開催されました。
 これまでの研究倫理教育は知識の習得が中心の構成だったと捉え直し、本シンポジウムでは「考え、気づかせる」をキーワードに、研究者や学生に気づきを促し、自ら考える力を培うことのできる研究倫理教育について考えました。

自分の行動への気づきを促す研究倫理教育を

片倉先生
片倉啓雄講師

 初めの講演は、関西大学教授の片倉啓雄氏が、「研究倫理をどのように教えるか~技術者倫理教育の観点から~」と題して行いました。講師は長年技術者倫理教育に携わった経験をもとに、研究倫理教育に受講者の「気づき」の視点をどう盛り込むかを考え、そのための材料として、技術者倫理教育で行われているアプローチを紹介しました。

 事故や不祥事は、当事者が不安全や不誠実に「気づいていない」「軽視している」「対処できない」ために起きている――技術者倫理教育ではこのような視点で事故や不祥事の要因を分析し、反省に繋げていると、講師は紹介しました。

ゆでがえる
片倉講師のスライドより

 例えば、鉄道会社が快速の停車駅を増やし所要時間を短縮することを繰り返すうちに、列車脱線という大事故に繋がったケースがありました。それはあたかも鍋の中のカエルが、鍋が徐々に温められていることに気づかず「ゆでがえる」になってしまうようなものです。事故・不祥事に繋がる「ゆでがえる」にならないよう、自分の価値観が偏っていないか、技術的な逸脱が標準化していないかを、セルフチェックする必要性があると説きました。
 自分の価値観が世の中の常識だと信じている当事者に、そうではないと気づかせるためにはどうしたらよいでしょうか。講師は、「立場を入れ替えて考えさせる」という手法を紹介しました。
 例えば、技術者になる学生には、「自転車を買うとき、何を重視して選びますか?」と問い、次に「買ったばかりの自転車のフレームが折れて転び、ケガをしたらどうしますか?」と問いかけます。ユーザーは自転車の購入時には安全性はあまり重視しませんが、破損するとメーカーの責任を追及します。これにより、技術者には、ユーザーの安全を保障し、事故を防ぐ責任があることに気づかせることができます。

倫理意識の発達
片倉講師のスライドより

 研究不正(ねつ造・改ざん・盗用)については、「みんながやってきたから」「結論は変わらないから」と、逸脱行為を正当化する「悪魔のささやき」が聞こえる時があります。研究不正の当事者とならないために、ルールに対する無知や軽視が引き起こす結果を考え、立場を入れ替えて真に必要な倫理感に気づかせるという技術者倫理教育のアプローチは研究倫理においても有効と考えられます。
 そして、創造し未開の分野に踏み出す研究・開発では、時には法律やルールが整備されていないこともあるため、さらに自律的で高い倫理意識を持つ必要性を説きました。それは、ルールがなくても自分で考え、良心に従い、適切なルールを提案できる脱慣習レベル(図参照)の倫理意識です。新たな価値を創造する研究・開発活動には、思いやりや誇りおよびプロ意識に基づいて、社会の安全・安心に貢献できる倫理意識が必要なのです。
 なお、それは研究者にとってつらく厳しいものではなく、社会や人々のためになる意味・意義のある行為であるがゆえに、最も幸せを感じられる生き方でもあることを、講師は言い添えました。

チュートリアル形式での研究倫理教育の試み

西川先生
西川祐司講師

 次に、標記タイトルで旭川医科大学教授の西川祐司氏が、医学部2年次学生へのチュートリアル形式授業の報告と、研究倫理教育をより有意義にするために必要なものについて講演しました。

 医学教育分野におけるチュートリアル授業は、はじめに症例(患者の病状や検査値、経過など)が提示され、少人数グループで症例を討論し、自分たちで問題点をみつけ、解決してゆく授業方法です。グループにはチューターが入り、知識は教えずに、グルーブの議論がうまく機能して課題解決に至るように助言します。
 チュートリアル授業を通じて、学生は問題点を把握する力や正しく診断する力を培います。近年普及・発達してきたこの授業方式を、新たに研究倫理教育に応用することを講師は試みました。

チュートリアル風景
西川講師のスライドより

 チュートリアル授業で用いられた仮想事例では、主人公の大学院生Aさんが、論文投稿に際して査読者に求められた追加実験を繰り返してもうまくいかず、一度だけ得られた不完全ながらも予想に近い結果をもとにグラフを作ってしまいます。論文は受理されましたが、研究を引き継いだ後輩は実験結果を再現できません。Aさんの行為に問題があるか、その判断の根拠は何か、また不正に当たるか否かについてグループで議論し、本講演ではその様子や結論が紹介されました。
 講師はこのチュートリアル授業を試みて、研究の機会がまだない学生に論文や科学研究に対する理解を深める機会を提供できたと考えました。一方、この仮想事例は実は再現性の問題で、「研究不正」と言い切るのが難しい「グレーゾーン」事例なのですが、事例を検討した学生たちの大半は比較的簡単に、Aさんの行為を「改ざん」「捏造」であると判定したそうです。

 このような授業での経験を通じて、学生には効率的に学習することを重視して簡単に結論を出したがる傾向がある、ということに講師は気づいたそうです。
 学生が一人前の医療人・科学者になるためには、自分で問いを立て、悩み抜く力を身につけさせる必要があります。なぜなら、仮説は常に誤る可能性があり、誤りを正しながら進むのが医学も含め、科学のあるべき姿であるためです。
 しかし、合計4時間のチュートリアル授業だけでこうした力を培うことは難しく、講師は研究倫理教育をより有意義にするために、事前に科学と研究に関する基盤教育を行い、科学的態度を教えることが望ましいと提起しました。

 学生はチュートリアル授業や研究室での研究活動など、先輩や指導教官とのかかわりの中で科学的態度を学びます。直接的な指導だけでなく、優れた研究や研究に対する姿勢そのものも広く範となりうることも、講師は示しました。

 先輩や指導者も自らの言動が全て後進への見本となることを意識して日々の研究活動に臨む必要があるといえるでしょう。

自発的な研究公正への意識付けをどう行うか~健全な研究公正の実現に向けて~

岡林先生
岡林浩嗣講師

 続いて筑波大学生命領域学際研究センター講師、岡林浩嗣氏が、標記タイトルで講演を行いました。講師は学生と教員それぞれを対象にした研究倫理教育の紹介と課題解決のための提案についての講演を行いました。本レポートでは学生の話題を中心に紹介します。

 講師は授業実践を重ねる中で、現行の学生に対する授業方式について、以下の限界を感じたと述べました。

  • ・研究不正の遠因となる研究慣行について教わると、自分の指導教員に対する不満が誘発されるなど、研究不正問題を人ごととして捉え、自分自身への反省へと向かわない
  • ・研究不正とみなされる行為に着目してしまい、「その行為をしなければ、後は何をしてもよい」と考える学生が出る可能性がある
  • ・不正とみなされることを恐れて萎縮し、研究職への進路を避けてしまう

 このような問題に対し、事例を題材としたグループワークの際、講師は研究者や学生の言動に対して、第三者の視点で考えさせることで、彼らの「ふるまい」の見直しを促し、悪者探しではなく「自分ならどうするか」を考えさせる、といった工夫も行ってきたそうです。

 しかし、まだ研究の経験が無く、自分の研究活動を振り返る機会のない学生が、「不正」や「罰則」を気にしながら倫理を学んでも、自分の行動の反省に繋がる形で理解できないのではないかと講師は分析し、現在の教育を発展的に解消し、再構成するという試案を紹介しました。 まず、学生が研究活動を行うために習得すべき中心的な内容(下記①~⑤参照)を教養科目や学生実習等、通常の教育科目の中で教えます。

  1. ①科学者/技術者の社会責任(「技術者倫理」の内容に近い)
  2. ②データの信頼性 (統計学/学生実験・実習への組み込み)
  3. ③コンプライアンス (法令遵守)
  4. ④サイエンスコミュニケーション (論文発表、一般の方々の説明など)
  5. ⑤タイムマネジメント、周囲とのコミュニケーション(組織の中での振る舞い)

研究不正を教える前に、研究者としての正しい在り方や望ましい実務的スキルを無意識に身につけることで、長期的で自発的な研究公正への意識を育て、結果として研究不正に陥ることのない人材育成が可能なカリキュラムの開発を目指したいそうです。

フリーディスカッション

 講演の後に、会場の参加者を含めたフリーディスカッションがあり、さまざまなトピックで盛り上がりました。 会場から、理系の学生の中には、真理だと思われる答えに安易に飛びついたり、クリアカットに白黒をつけたがる傾向があるため、科学哲学を教えることが提案されました。これに対し岡林講師より、サイエンスとの向き合い方や実験科学とは何かを教養課程で教える試みとともに、自分の考えを第三者の視点で見るための教材や、データの取扱いに関する教材の開発を試みていることの報告がありました。
 片倉講師からは、価値観の多様性について知ることは重要であり、その機会として、一年生からグループディスカッションを行っていることが報告されました。その際の注意点として、一年生はまだディスカッション自体に慣れておらず、批判されることをためらう者が多いので「自分の意見を言う練習をし、良い批判をしてもらわないと、自分の意見がいつまでたっても洗練されたものにならない。意見を言って失敗して恥をかくことよりも、自分が進歩しないことを恐れなさい」と伝えているそうです。

 これを受けて会場より、「グループワークは有効だが、実際には志向倫理を教える講演を一時間で行わなければならない場合もある。何をどう教えたらよいか」という声があがりました。片倉講師は、「法律・ルールは不都合を繰り返さないための申し合わせで、後付けである。科学者・研究者は、まだ誰も知らないこと、出来ていないことに取り組むのだから、既存の法やルールの趣旨を理解し、新たな不都合に対応するルールを提案できる人でなければならない。」という重要なポイントを伝えるとよいと助言しました。
 また、スタッフがいない中、1000人以上に教えなければならない。負担の少ない方法はないだろうか、という声もあがり、教育者側の負担感の少ない方法として、片倉講師から以下のような、技術者倫理教育で行われた「ポジティブで能動的な演習」の方法例が紹介されました。

  • ・研究室ごとの班に分け、隣の研究室を見て、良いところを3つずつ上げてもらい、それをもとに自身の研究室の改善提案を出す
  • ・フォルトツリー(不祥事、事故分析)を作成してもらい、現在のルールのどれが対応しているのか照合し、現在のルールに足りない部分を提案してもらう

 また、フォルトツリーに似た方法として岡林講師より、授業では学生に「自分の研究活動の構造」を分析させ、研究の各段階で起きそうなことについてあらかじめ想起させるアンケートを行い、授業の最後にその内容と対応付けたレポートを課しており、これによって自発的に問題を発見しその解決法を考案するプロセスを学生に経験させる試みを行っていることが紹介されました。

 西川講師は、志向倫理を教えるにあたっては、良い研究に触れてディスカッションすることが、長い目で見ると一番良いとの考えを示しました。研究室の垣根を越えて、互いにデータを見せ合う若手の研究発表会を行っているそうです。仮説の間違いを指摘されたら仮説そのものがダメだと考えてしまうような学生にもこの会に参加してもらい、科学の柔軟性を体験させていることが紹介されました。

 そのほか、関連して技術者倫理教育で行われている方法「線引き法」が提示されました。
 これは、明らかにアウトの事例とセーフの事例を含むグレーな事例を数個あげ、許容されない順序に並べ、自身が遭遇した事例がどこに入るかを考える手法です。例えば、プライベートでコーヒーをごちそうになった事例は、多くの人は下記の④と⑤に入れますが、このように相対比較することで、より客観的に線引きをすることができるようになるというものです。

<線引き法の例>
  1. ①便宜を図る見返りとして現金をもらった。
  2. ②料亭で便宜を期待する接待を受けた。
  3. ③昼食をごちそうになった。
  4. ④事務所で出前のコーヒーを取ってくれた。
  5. ⑤事務所でお茶をごちそうになった。
  6. ⑥ハンガーに掛けていたコートをもってきてくれた。

 さらに、グループワーク等で意見交換することで、人によって線引きの位置が異なり、多様な考えを知ることができます。また、自らの立場が公務員か民間企業勤務か、相手との利害関係が有るか無いかなどとシチュエーションを変えて考えさせることで、なぜ多様な考えが出てくるかも理解させることができます。

 最後にファシリテーターの片倉講師が、「ルールが破られる状況に共通する要因は『ルールを作る人と守る人が違う』ことである。ただ既存のルールに従うだけの人ではなく、その背景を理解して、新たにルールを提案できる人を育てるのが研究倫理教育が目指すべきところだ」と述べて、シンポジウムを締めくくりました。
 本シンポジウムのスライド、ディスカッション、質疑応答録は、AMEDのウェブサイトに掲載されていますので、ぜひご覧下さい。

参考:
関連記事:

日本学術振興会が作成したeラーニング教材です。

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研究倫理講習会で利用している論文不正防止に関するパンフレット(JST 作成)です。

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研究倫理教育用の映像教材を制作しました。DVD 媒体による配布もしています。

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