取材レポート

第12回JSTワークショップ 「公正な研究活動の推進 -映像教材を活用した研究倫理教育を体験し実践方法を考える-」報告

JST-WS12フライヤー

 第12回JSTワークショップ 「公正な研究活動の推進 -映像教材を活用した研究倫理教育を体験し実践方法を考える-」が10月13日(金)、19日(木)にオンラインで開催されました。
参加者は映像教材「倫理の空白Ⅱ」盗用編をテーマとして、講師による講義・モデル講義の体験の後、グループワークで各機関での実施を想定した講義案を設計しました。この映像教材には「人文・社会科学編」と「自然科学編」があり、各分野の研究環境の特徴や課題に基づいて、盗用やオーサーシップなどの不正行為に関連する問題に対する教育方法が議論されました。当日の様子を紹介します。

*「倫理の空白Ⅱ」盗用編:研究不正に至る過程を疑似体験するドラマを視聴し、研究に従事する人物のそれぞれの立場を理解しながら研究倫理を学習できる映像教材で、「盗用」に焦点をあてています(JST制作)。



札野 順 氏
札野 順 氏

講義

映像教材を活用した研究倫理教育を体験し実践方法を考える
早稲田大学教授 札野 順 氏
 ワークショップの冒頭で札野氏の講義が行われました(講義資料はこちらをご覧ください)。
 札野氏は、今回のワークショップの目標として、
1)RCR/RECR(Responsible (and Ethical) Conduct of Research「責任ある研究行為」)教育の目的(学習・教育目標)と内容を理解し説明できる。
2)映像教材「倫理の空白Ⅱ」(盗用編)を活用したRCR/RECR教育・研修を提案できる。
 最近の動向として、全米科学財団(NSF)ではRECR(Responsible and Ethical Conduct of Research)との表現が使われ、従来のRCRに加えて、公正な査読、情報セキュリティ、同僚や学生との関係などを含むより広い領域で倫理的な研究活動を行っていくことが求められていることが紹介されました。「RECR教育とは何か、学習・教育目標とは何かを考えられるようになってほしい。また、ご自身の所属する機関で研究倫理教育の研修を提案できるようになってほしい。」と述べられました。

札野氏スライド1
出典:札野氏 講義資料P.15より

 次に、米国国立衛生研究所(NIH)のRCR教育に関するガイダンスについて近年の改正点をあげられました。その改正に関わる基本方針としては「責任ある研究活動に関する教育は、研究者養成の基本要素であるという原則を再確認する」ことにあると示されました。





札野氏スライド2
出典:札野氏 講義資料P.20より

 また、全米科学財団(NSF)のRECRの定義として、厳密さと誠実さを持って知識を生産し広める責任に加え、a.最高の倫理基準に従って査読(peer review)を実施する責任、b.不適切な情報漏洩から機密情報や知的財産を真摯に保護する責任、c.学生と同僚を公平かつ尊重して扱う責任があげられており、RECR教育は、将来の科学者や技術者の育成に不可欠であると考えられている、と示され多くの部分でNIHのガイダンスと重なると説明されました。
 そして米国研究公正局(ORI)のRCR教育の目標においても、「知識だけでなく、倫理的感受性や情意領域、研究への価値・態度が重要とされている」と示されました。


札野氏スライド3
出典:札野氏 講義資料P.36より

 更に、近年の研究公正の教育の現状について、2つの「教育哲学」について、細かい法令や規則に従うことを目標とする規則遵守型(Regulation-Based)と、倫理的価値観や道徳的判断力を養い、それに基づいて行動できるようになることを目指す徳倫理/価値共有型(Virtue-Based)があると紹介されました。海外での取組例としてEUにおける調査研究プロジェクトの成果であるSOPs4RI (Standard Operating Procedures for Research Integrity)(https://sops4ri.eu/)を紹介されました。SOPs4RIには優れた研究環境を構築・維持するための具体的な施策例などが、9つのカテゴリーに分けて整理されているので参考にしてくださいと示されました。
札野氏は、今後の研究倫理教育はグッドワーク(Good work)につながる志向倫理的な要素を持つことが重要であるとまとめられました。


モデル講義 東京工業大学教授 眞嶋 俊造 氏《人文・社会科学編》

 眞嶋 俊造 氏
眞嶋 俊造 氏
 10月13日には眞嶋氏によるモデル講義の体験が行われました。(講義資料はこちらをご覧ください)。
 モデル講義は、対象を教員(研究室主宰者)と想定し、映像視聴も含め90分程度において、倫理の空白Ⅱ(盗用編)人文・社会科学編での研究主宰者である川島教授の行動が、学生の阿部や他の関係者に対してどうすべきだったのか、理由を含めてグループワークで検討しました。眞嶋氏は、映像を視聴する際に、学生である阿部のステージと教員がどうすべきだったか、意識して視聴することを留意点として述べられました。

 眞嶋氏は、「もし自身が指導する学生が研究不正を行ったらどのようなことになるのか?」といった問いを教員に発し、良い研究環境の構築と維持の必要性、取組の実践を促すことを意図したと講義設計について述べられました。また、本教材は若手研究者向けにも利用可能であり、ポスドク・助教の行動について検討する研修なども考えられると話されました。

出典:出典:眞嶋氏 講義資料P.7-9より
出典:眞嶋氏 講義資料P.7-9より






 



●モデル講義ワーク 発表 (人文・社会科学編)
 グループワークにおいて、映像教材では教育のチャンスが何度もあったにもかかわらず川島教授が指導できていなかった、といった教員による指導の在り方に意見が集中しました。また学生のコピー&ペースト(剽窃)に関してのリスクの認識が低い点や、研究のサポート体制についての意見もでました。 「昨今、コピー&ペーストがしやすく、生成AIも利用できるようになったが、これからの教育にはどのようにしていけばよいか。」との質問に対し「剽窃チェッカーを利用するということや、剽窃チェックがあるということを試験時に周知することもできます。」と眞嶋氏は答えられました。

モデル講義 東北大学准教授 山内 保典 氏 《自然科学編》

 山内 保典 氏
山内 保典 氏
 10月19日には山内氏によるモデル講義の体験が行われました。(講義資料はこちらをご覧ください)。
 モデル講義は、対象を教員向けとし、事前課題への取組を求めたうえで60分程度のものとして実施されました。倫理の空白Ⅱ(盗用編)自然科学編の3つの場面、1)小沢事例、2)井原事例、3)駒田事例について、自らの機関に関連する規則があるかどうか、その内容により十分に対応できるのかグループワークで検討しました。また、規則を再考し問題を未然に防ぐための環境整備等も議論しました。

 山内氏は講義において、研究公正に関する世界会議 (WCRI)における「モントリオール宣言」の共同研究・研究協力の責任について言及し、「研究倫理教育は、研究活動中の言動に埋め込まれており、置かれた文脈の中で人の行動は変わります。良い研究をしやすい文脈を作ることと、研究室はどういう対応をするかという指針づくりが大事です。皆さんが研究倫理教育の最前線に立っているので、研究科や研究室で教材を見て対応方針を共有してはどうか」と話されました。
山内氏 講義資料P.9-11より
出典:山内氏 講義資料P.9-11より
 









●モデル講義ワーク 発表 (自然科学編)
 グループワークにおいて、「小沢事例」(盗用、共同研究の役割分担)について取り上げるグループが多く、参考文献での引用が記載されてないこと、他の研究者の了承を得ていないことなどの問題が指摘されました。これに対応する所属機関の規則や行動規範が共有され、規則等について盗用の基準や剽窃チェックの具体化について追加する必要性、あわせて機関での教育体制の充実化について検討されました。

グループワーク 教育目標と活用案の設定

 モデル講義を体験した後、映像教材を利用した講義・研修について教育目標・活動をグループワークで議論した後に、教育案の発表が行われました。例えば、事前に関係する規則等を調べてもらうといった取組や、「実際の不正事例」「研究費に関わる損害」などについて講義による紹介と組み合わせて実施するといった案が発表されました。
 登場人物の立場に立って議論させるという案に対して、山内氏から、「自分が立ちたくない立場、あるいは、直感に反する行動をとる人物の立場なども含め、誰の立場で見てもらうのが良いのかを考える必要がある。」とされました。
 眞嶋氏からは「学部生の立場から指導教員の立場を見ると、反面教師として捉えることができる。」といったコメントがありました。
 札野氏は、明確で具体的な学習・教育目標を設定することの重要性とともに、「学術において明るい展望を示す」としたグループの発表内容をとりあげ、「何のために学術を発展させるのか、不正防止のためのみではなく、よりよい研究をするための教育」と位置づけることが重要であると述べられました。

全体講評

 眞嶋氏は、「倫理の空白Ⅱ盗用編では、教員と学生のあるべき姿とのずれなどが複数箇所描かれていたと思います。メンターとメンティーの関係性として、教員が学生にどうすればよかったか、学生が教員はどうあるべきかが(互いに)検討できる点もあります。」と話されました。
 山内氏は、「各グループでは工夫ある面白い取組が検討されました。映像教材は、研究倫理に関する気付きを与えるものであり、討論で違う視点から映像を捉え直すことで新しい気づきが得られます。」と話されました。
 札野氏は、「皆さんすぐに実践できる教育案を作ってくださいました。研修では研究不正の防止に焦点が当たりがちですが、よりよい研究を行うための方法を学ぶことも目標となります。ワークショップを通じて、異なる視点や専門分野の違いに気付かれたと思いますので、研究公正のコミュニティに積極的に参加するとともに、他国での活発な取組にも参考にして研究公正を更に進めていく方法を一緒に模索してください。」と話されました。

アンケートでは参加者の皆さんから以下のような感想をいただきました。
  • 他の研究機関に所属する人と議論することができ、その機関における研究倫理教育の実践手法や課題について共有できました。
  • 「盗用」というテーマは、自身の研究機関でも分かりやすいものである。
  • 研究倫理に関しては、どうしても不正予防で「嫌な気持ち」となる話になりがちであり、前向きになる手法を確立することが重要と考えました。

眞嶋氏 札野氏 山内氏
左よりオンラインで講義をされる眞嶋氏、札野氏、山内氏

当日の講義資料はこちら
第11回ワークショップ取材レポート