戦略的創造研究推進事業

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募集要項

IV.戦略目標

「神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明」
(平成21年度設定)

1.戦略目標名

 神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明

2.本戦略目標の具体的な内容

 「脳」の最大の特徴は、それを構成する個々の細胞が単独で働くのではなく、多くの神経細胞が連絡したネットワーク(神経回路)として機能することである。
 神経回路は、その構成素子である神経細胞がシナプスによって可塑的に結合して形成されており、動物の外部環境や経験に柔軟に適応する可変性を持っており、さらに動物の発達段階に応じて、可変性の度合いと質が異なる。
 そのため、神経細胞が適切な相手を認識して結合する機構(標的認識制御)、神経細胞間の情報伝達の強弱を調節する機構(シナプス制御)、さらに、ネットワークとしての動作を制御する機構(ネットワーク制御)が、脳の機能にとって決定的に重要な役割を果たす。さらに神経回路に留まらず、大規模な集合体としての領域・領野の形成機構(領域・領野制御)、神経細胞の適正な数を保証する機構(細胞死制御)も含めた全体システムとしての脳の正常な機能発現に不可欠である。
 本戦略目標では、分子細胞レベルから行動レベルの最新の研究手法を用いて研究することにより、脳の神経回路(標的認識制御、シナプス制御、ネットワーク制御)のみに留まらず、領域・領野の形成や細胞死制御なども含め、機能分化した機能素子間の高度な相互依存・相互作用によって極めて全体性の高いシステムを形成する脳の統合的理解を目指すものである。
 例えば具体的には、病態脳に特化した他研究との相乗効果を通じて、精神・神経障害の早期診断・治療、加齢による認知症対策につながる機構の解明や、システム神経科学的アプローチによる他研究との相乗効果を通じて、脳機能の改善・補助技術の展開につながる機構の解明、さらには人文・社会科学とも融合した社会性脳科学(認知学)的アプローチによる他研究との相乗効果を通じて、ヒトの社会的行動異常(社会性障害)や発達障害の原因究明や、言語習得、豊かな対人コミュニケーションの実現につながる脳機能の解明に貢献することが期待される。

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3.政策上の位置付け

 本戦略目標は、第3期科学技術基本計画におけるライフサイエンス分野の「生命プログラム再現科学技術」、「臨床研究・臨床への橋渡し研究」と密接に関連する。基礎的な脳の動作原理に迫る基礎研究への展開と、そうした理解を背景とした重要技術の開発との両面から、本戦略目標は、脳高次機能の統合的理解(生命プログラム再現科学技術)や精神・神経発達障害の早期診断・治療法の開発等を通して、人の医療技術開発(臨床研究・臨床への橋渡し研究)に寄与するものである。
 また、平成20年5月に、総合科学技術会議が取りまとめた「革新的技術戦略」においては、健康な社会の構築を目指し、医療工学技術の一つとして「高齢者・障害者自立支援技術(BMI)」の重点的推進が求められているが、本戦略目標に基づく研究開発により、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)を方法論的に相補し、次世代BMIの開発を通じた脳機能の改善・補助技術の飛躍的な展開も期待される。

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4.本研究事業の位置づけ、他の関連施策との切り分け、政策効果の違い

 平成19年10月に、渡海文部科学大臣(当時)より科学技術・学術審議会に対して、「長期的展望に立つ脳科学研究の基本的構想及び推進方策について」諮問が行われたことを受け、同審議会の下に新たに脳科学委員会(主査:金澤 一郎 日本学術会議会長)を設置し、現在、答申に向けた審議を行っている。
 脳科学委員会においては、平成20年8月に「審議経過報告」を取りまとめ、現在、平成21 年6月の第1次答申(中間取りまとめ)の審議を行っているが、その中では、脳科学研究に対する社会からの期待に応えるため、「社会に貢献する脳科学」の実現を目指し、社会への貢献を見据えた研究として重点的に推進すべき研究領域として、(1)脳と社会・教育、(2)脳と心身の健康、(3)脳と情報・産業の3つを設定するとともに、社会への貢献を明確に見据えた研究に取り組むためには、基礎研究を一層強化する必要があると指摘されている。また、政策として重要な研究領域に焦点を当てた、戦略的な基礎研究への取組の重要性が指摘されており、ロードマップにおいては、政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究の戦略目標の一つとして、「神経回路の形成・動作の制御機構解明」が挙げられている。
 こうした政策的背景に沿った本戦略目標は、ヒトの社会的行動及び社会環境と脳機能の双方向的関係性を明らかにすることから、平成15年度に立ち上げた戦略目標「教育における課題を踏まえた、人の生涯に亘る学習メカニズムの脳科学等による解明」にもつながる豊かな社会の実現に貢献する領域の研究開発に資する基礎研究であるとともに、ネットワーク制御技術の開発を通じて脳内情報解読技術の高度化等をもたらすことから、平成20年度に立ち上げた戦略目標「運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出」にもつながる安全・安心・快適に役立つ領域の研究開発にも資する基礎研究である。さらには、神経ネットワークの異常が原因と考えられる精神・神経疾患のメカニズム解明にもつながることから、平成19年度に立ち上げた戦略目標「精神・神経疾患の診断・治療法開発に向けた高次脳機能解明によるイノベーション創出」にもつながる健やかな人生を支える領域の研究開発にも資する基礎研究である。
 また、現在審議中の第1次答申案の中では、「社会からの脳科学研究に対する期待や関心が高まりつつある一方で、脳科学研究の有効性が発揮できている部分は、いまだ萌芽的な段階」であり、「自然科学としての基盤がぜい弱なまま、社会への貢献を見据えた研究を拙速に行うことのないよう、基礎研究を一層強化」する必要性が提言されている。こうした政策的背景を踏まえと、ハードウェアとしての脳がどのように形成され、ソフトウェアとしての機能をどのように発現するかを解明するといったすべての研究領域に深く関わる基礎研究である本戦略目標は、様々な脳科学に関する研究の根幹をなす融合的・基礎的な性格を有したものとして、政策的な要望の高い内容であると言える。さらには、その研究成果は、脳科学のみならず多くの関連領域の発展に寄与するものでもあり、その波及効果は医学、生物学にとどまらず、薬学、工学、化学、物理学等の物質・生命科学から、心理学、教育学、社会学、倫理学、経済学等の人文・社会科学の諸分野にまで及ぶ。そのため、本戦略目標に基づく基礎研究を推進することは、現代が抱える様々な社会的問題を解決するための科学的基盤を与え、脳科学研究全体の発展につながるものである。
 なお、平成20年度から新たに事業が開始された「脳科学研究戦略推進プログラム」は、より社会への貢献に向かった出口に近い部分に焦点を当て、脳科学研究の成果を社会に還元することを目的としていることから、本戦略目標とは研究領域や事業の目的が異なるものであり、かつ、本戦略目標の研究成果は、これらの事業の進展に対して寄与するものである。

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5.将来実現しうる成果等のイメージ

 本研究を通じて、以下のような成果が得られることが期待される。

1)神経回路の働きはシステムとしての脳機能の源であり、本研究の進展により、神経回路の形成と機能の理解は脳の理解に直結することが期待される。
<例>
○ネットワーク制御に関し、本研究を通じて、大脳皮質のコラム、海馬、小脳等において、比較的少数の神経細胞からなる神経回路(局所回路)がどのように信号をやり取りして、脳情報処理の機能単位として働くかについての研究の進展が期待される。従来の電気生理学に加え、特異的発現分子と蛍光蛋白を用いた特定の神経細胞の可視化、カルシウムシグナルを指標にした多数の神経細胞からの活動同時計測、ケージド化合物による単一神経細胞刺激法など、多くの新技術を結集することにより、脳の様々な部位の局所神経回路の動作様式が明らかにされることが期待される。
○チャネルロドプシンやハロロドプシンといった、光を感受して神経細胞を興奮(チャネルロドプシン)させたり、逆に抑制したり(ハロロドプシン)する分子を特定の神経細胞に発現させ、局所神経回路の働きを光によって操作することによって脳の情報処理や動物行動に現れる変化を観察し、局所神経回路の機能が明らかにされることも期待される。

2)本研究の進展により、標的認識制御やシナプス制御の異常等が原因と考えられる発達障害、精神・神経障害の早期診断・治療につながることが期待される。
<例>
○脳のシナプスを形成し、それを維持する分子(シナプスオーガナイザー)については、2000 年代に入っていくつかの候補が同定され(Wint-7a, neuroligin, SynCAM, EphB, FGF22, cbln1 等)、その機構が研究されているが、これら少数の分子で複雑で精緻な脳のネットワーク構築を説明することは到底不可能である。今後本研究を通じて、新たなシナプスオーガナイザーの探索とその機構の分子レベルの追求が盛んに行われ、その知見が飛躍的に増大することが期待される。
○シナプス形成異常のあるモデル動物の脳に投与すると、シナプス形成を促進し行動異常を緩和する分子(cbln1等)も知られつつあるが、本研究を通じて多くのシナプスオーガナイザー候補分子について、同様の動物実験が行われ、発達期のシナプス形成不全や加齢によるシナプス減少などのヒトの病態を視野に入れた、将来の臨床応用に有望ないくつかの候補分子が明らかになることが期待される。

3)本研究の進展により、記憶・学習の機構理解や成熟脳におけるシナプス機能維持機構が解明され、加齢による認知症対策への貢献が期待される。
<例>
○機能単位としての「局所神経回路」が多数集積した大脳皮質、神経核などの「領域・領野」の形成については、これまでに多くの転写因子やシグナル伝達系が同定されてきたが、精緻な脳の形成過程を説明するには全く不十分な段階である。例えば大脳皮質は霊長類では50以上の領野に分かれるが、その形成の分子機構はほとんどわかっていない。本研究を通じて、脳の各領域・領野の形成とそれを構成する神経細胞・グリア細胞の発生・分化・移動の分子機構の研究が飛躍的に進展し、ヒトの発生・発達異常に関連した多くの遺伝子が同定されることが期待される。
○成熟動物におけるシナプス伝達の調節や機能維持機構については、海馬、大脳皮質、小脳等を中心に、関連する分子基盤の研究が進展するとともに、モデル動物を用いたネットワークレベル、システムレベルの機能発現の研究が進み、本研究を通じて、シナプスの機能変化が如何にして学習・記憶・忘却につながるかの理解の飛躍的進展が期待される。特に、2000年以降、神経細胞の樹状突起スパイン(シナプス前部が接触している樹状突起の棘状構造物で、神経伝達物質を受け取る受容体と様々なシグナル伝達分子が集積している)の形状変化がシナプス機能と対応することが明らかとなり、ある種の精神遅滞や精神疾患では、樹状突起スパインに異常が認められることが明らかにされており、本研究を通じて、学習・記憶・忘却の構造的基盤として、樹状突起スパイン機能の分子機構の研究が飛躍的に進み、ヒトの精神遅滞や精神疾患の原因究明のための重要な基礎データを提供することが期待される。

4)本研究の進展により、環境や経験に依存する臨界期(感受性期)の機構が明らかになり、将来的には教育への応用が期待される。
<例>
○生後発達期の経験に依存した神経回路再編成と臨界期については、大脳皮質、小脳、視床などを主な研究対象として、飛躍的に研究が進展することが考えられる。大脳皮質視覚野では、ある種の抑制性ニューロンの成熟が臨界期の決定に重要であることが最近明らかにされ、神経回路再編成の分子機構の解明が進んでいる。また臨界期を遅らせたり早めたりすることが動物実験レベルでは可能になりつつある。本研究を通じて視覚野だけでなく、体性感覚野、聴覚野をはじめとして大脳皮質の様々な領域で神経回路再編成の分子機構の解明とネットワークレベル、システムレベルの機能発現の研究が進み、モデル動物レベルでは臨界期の制御が可能になることが期待される。
○小脳や視床において、シナプスの刈り込み(誕生直後の動物の脳にはシナプスが過剰に存在するが、生後の環境・経験によって、必要なシナプス結合のみが強化されて残存し、他は除去される現象)の仕組みが研究されてきたが、本研究を通じてその分子機構と臨界期の理解が飛躍的に進展し、実験動物レベルで、「刈り込み」を促進したり阻害したりすることが可能になることが期待される。また、ネットワークレベルの研究が進み、「刈り込み」の機能的意義が明らかになることが期待される。
○脳の部位によって神経回路再編成と臨界期の分子機構が多様であることが明らかとなり、各脳部位に対応した臨界期の制御方策に向けた研究やさらには、臨界期を過ぎた成熟動物において臨界期を再来させ、「脳を若返らせる」ことを目指した基礎的研究へとつながることが期待される。

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6.科学的裏付け

 脳科学研究は、過去10年間で、脳の記憶・学習メカニズムの解明、精神神経疾患の病因解明、脳とコンピュータのコミュニケーション技術の開発、脳の発達とその感受性期(臨界期)の分子過程の分析等が飛躍的に進んだ。さらに、ヒトゲノムの全解読を皮切りに、ゲノム、遺伝子、RNA、タンパク質等に関する研究プロジェクトが実施され、分子生物学の新しい成果が次々と生み出されてきた。また、神経細胞、ネットワーク、領域・領野の活動をイメージング等により計測する技術も格段に進歩した。脳科学研究は、まさに今、これらの分子生物学、イメージング技術という強力な手段を有効に活用することにより未曾有の発展が期待される段階にある。
 また、記憶や学習等の神経回路の機能研究では、運動学習の基礎過程である小脳長期抑圧とその機構解明や計算論、大脳皮質や小脳における神経回路発達の臨界期の機構解明、記憶機構に中核的役割を果たす伝達物質グルタミン酸受容体の構造と機能の解明等、電気生理学と分子生物学を中心に、我が国発の独創性の高い研究が行われてきている。本研究は、こうした我が国の高いポテンシャルを活かすことで、加齢等による脳機能低下といった現代社会が直面する諸問題に対して、真に科学的な観点から応えていこうとするものである。
 なお、「科学技術・研究開発の国際比較 2008年版 (ライフサイエンス分野)」(平成20年2月 科学技術振興機構研究開発戦略センター)においては、発達障害や脳・脊髄損傷等の個人的・社会的に負担の大きい疾患の治療やリハビリテーションは、脳神経分野における目前の重要課題であり、分子レベルの基礎研究から創薬、臨床治験への総合的な研究力とスピード、展開力が必要であるとされているが、本戦略目標は、まさにそれらの重要課題の克服に資する分子レベルの基礎研究であり、かつ応用研究への総合的な研究力とスピード、展開力を着実に加速するものである。

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7.留意点

 本戦略目標の研究実施に当たっては、科学技術・学術審議会脳科学委員会における議論を踏まえ、他の研究事業との役割分担を明確にしつつ、推進体制を構築する必要がある。

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