サイエンスアゴラ2018光科学シンポジウム「越境する光科学 パートⅡ」

開催概要

  •  日時     2018年11月10日(土)13:30~15:45
  •  会場     テレコムセンタービル 8階会議室D (お台場)
  •  企画提供   科学技術振興機構・東京都理化教育研究会

プログラム

  •  ● 巨大望遠鏡とデータサイエンスで挑む宇宙の謎
  •     吉田 直紀  東京大学 大学院理学系研究科 教授
  •  ● 命の設計図DNAを解き明かす
  •     前島 一博  国立遺伝学研究所 教授
  •  ● 光で見る不思議な分子の世界
  •     田原 太平  理化学研究所 田原研究室 主任研究員
  •  ● 講演者との対話

レポート

 21世紀は光の時代と言わるように、光の重要性はますます高まっています。また、サイエンスに限らず様々な分野において、限界を超えて新たな地平を開くことが私たちに求められています。光はそのために欠かすことのできないツールです。
 今回の光科学シンポジウムは昨年に引き続き「越境する」に焦点をあてて、物理、生物、化学の分野で光を用いて新しい取り組みにチャレンジされておられる三名の先生方に最先端の研究をわかりやすく、また楽しくお聞かせ頂きました。また、講演会の最後にはこれまでと同様「参加者と講演者との対話」の場を設けました。その様子は動画でご覧頂けます。

1)巨大望遠鏡とデータサイエンスで挑む宇宙の謎  吉田 直紀

 吉田先生は、宇宙物理学を専門とし、大規模数値シミュレーションを用いた宇宙の構造形成の理論的研究や、多波長観測や広域サーベイ観測のデータと組み合わせた 観測的宇宙論の研究を進めておられます。



 先生には、刻々と変化する夜空の星々の観測から、今後の宇宙の姿を明らかにしようという研究の話題を中心にお話しいただきました。 ハワイのマウナケア山頂にあるすばる望遠鏡では、約25.5等級という、人の目で観測できる6等級の星よりも遙かに暗い天体でも、15分に1回、その変化を見つけ出す事ができるそうです。そのような変化から新しい天体を発見したり、宇宙進化の歴史を解き明かすのが、タイムドメイン・アストロノミー(時間領域での天文学)と呼ばれる新しい宇宙に関する研究分野。 宇宙の姿を明らかにするツールは超新星爆発、特にIa型と呼ばれるものです。Ia型超新星爆発では、宇宙のどこにあっても爆発した時のエネルギーは変わりません。従って、その明るさが分かれば、地球からの距離を正確に測ることができるからです。 観測された膨大なデータには、カメラそのもののエラーやデータ処理上のエラー、そのほか、太陽系の小惑星の影響によるエラーなども含まれます。また、超新星爆発と言っても様々なタイプがあるため、Ia型だけのデータを取り出すには、人の力だけではとても太刀打ちできません。そこで登場するのが人工知能(AI)。 これまでの研究によって、100億光年も離れた場所で起こったIa型超新星爆発を見いだし、ハッブル望遠鏡を使って、まさにそれが正しいことを確認しているとのことです。宇宙は再び収縮するのか、このまま膨張を続けて発散するのか、2020年の東京オリンピック頃には宇宙の将来の姿を明らかにしたいという研究の展望を語って頂きました。


2)命の設計図DNAを解き明かす  前島 一博

 前島先生は、細胞のなかのゲノムDNAに関する基礎的な研究に取り組んでおられます。その知見を元に、DNA複製、遺伝子発現、エピジェネティックス、細胞周期の制御、細胞の分化やガン化など、幅広い研究につなげていきたいとのことです。



 講演では、まず、命の設計図であるDNAについてお話しいただきました。私たちの体は多数の細胞からできていますが、その一つ一つに長さ約2メートルのDNAが入っているそうです。DNAの塩基AGTCの並びにアミノ酸に対応する情報が含まれており、 人の場合、コンパクトディスク一枚程度の情報量に相当するとのことです。細胞の数は40兆個なので合計するとDNAの総延長は80兆キロメートル、太陽系の大きさの約2.7倍程度になります。 全長2メートルのDNAがどのようにして核や染色体の中に収められているかというのが先生の研究テーマです。負の電荷を持つDNAが正の電荷を持つ糸巻き(ヒストン)に巻かれたヌクレオソームとなります。これまでは、 ヌクレオソームがらせん状にきちんとたたまれてクロマチン線維という構造となり、さらにこれがらせん状に折りたたまれた階層構造をなしていると考えられて来ました。高校の教科書には、今でもそのように書かれています。 先生は、細胞の中で本当にこのような階層構造ができているのかとの疑問を持ったそうです。その疑問が教科書を塗り替える先生の研究のはじまりです。クライオ電子顕微鏡や、SPring8などで構造が徐々に明らかにしていきました。さらに、なぜこれまで間違った理解がなされていたかや、定説を覆す苦労についてもお話しいただきました。


3)光で見る不思議な分子の世界  田原 太平

 田原太平先生は、物理と化学の間を取り持つ物理化学の専門家です。「これまでに観えなかったものが観えるようになれば新しいサイエンスが生まれる」という基本的な考えの元に、 ピコ秒(1兆分の1秒)あるいは、フェムト秒(1000兆分の一秒)しか光らない超短パルスレーザーを用いて分子たちの織りなす現象を調べ、その本質を理解するための基礎研究を進められています。



 講演ではまず、もし1フェムト秒を1秒としたら、1秒はどれくらいに相当するかというお話をいただきました。恐竜が絶滅してから現在までの時間にほぼ相当するそうで、1フェムト秒がどんなに短いのかを体感できました。 そのような短い光を使って化学反応がどのように進むのかを研究する手法について紹介頂きました。いわゆるポンププローブ法という手法ですが、短い光を当てて化学反応を一気に進ませ、その途中状況をやはり短い光で観測する。これらの二つの光の間隔を変えて観測すると、刻々と変化する途中の状況が分かるという仕組みです。 化学反応とは分子の核の組み替えに相当し、化学の分野では、分子の核が動く様子を観測できるフェムト秒の時間領域が重要になることを教えていただきました。今では反応中の分子の核の動きや、反応中のタンパク質の核の動きが見えるようになったとのことです。 さらに、短い光では光っている短い時間にエネルギーを集中することが可能になるため、とても強い強度の光を発生することができます。そのような強い光を用いて非線形の現象を生じさせて、液体の表面で生じる現象を観ることについてもお話しいただきました。 界面では分子の向きが揃うことや、水分子のダイナミックな運動によって光を当てて揃えたはずの初期の状態の記憶が急速に失われていく様子は興味深いものです。


4)講演者との対話

 このシンポジウムでは、毎回、講演終了後に参加者と講演者との対話の時間を設けています。今回は、中高生へのメッセージ、科学を志した動機、今後の夢などについて語って頂きました。




このシンポジウムについては、国際光年の2015年に開催されたサイエンスアゴラの企画セッション『「ひかり」を通してみる宇宙・時・私たちの歩みと未来』を契機に始まりました。 そこでは、光に関するサイエンスやアートの世界を共に学び、共に楽しむことができました。昨年2016年は、『限界に挑戦する光科学』と題して、「しる」、「わかる」、「つくる」ことの源となる「測る」を テーマに取り上げました。

これまでのサイエンスアゴラ光科学シンポジウムの報告(動画あり)は下記をご覧ください。
 2017報告 『越境する光科学』
 2016報告 『限界に挑戦する光科学』
 2015報告 『「ひかり」を通してみる宇宙・時・私たちの歩みと未来』

<お問い合わせ先>

国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略研究推進部

グリーンイノベーショングループ

電話:03(3512)3531