成果概要

研究総括 西田 豊明(京都大学 大学院情報学研究科 教授)
 人工知能をはじめとする情報通信技術の急速な発展に伴い、情報通信技術を生活空間に溶け込ませて創造的に活用し、人間力と社会力を高めていけるようにすることが求められている。JST-CREST「共生社会に向けた人間調和型情報技術の構築」領域(2009~2016年度)では、人の創造性を引き出し、高めるための情報環境を実現するためのコンセプト、技術、パイロットモデルとなる社会実装を進めてきた。また、こうした技術開発を支えるサイエンスとして、認知神経科学の手法を用いて人間の認知プロセスの解明とモデル化にも取り組んできた。本研究領域の取り組みは、次の4つの側面から特徴づけられる。
 第一は、さまざまな要因が複雑に絡み合って生じる複合感覚の同定と解明への取り組みである。第二は、人間と同等の感覚を持ち、人間と経験を共有することのできる人工システムの開発への取り組みである。第三は、人工システムのデザインと普及への取り組みである。第四は、社会実装への取り組みである。
 本講演では、概ね8年間にわたる本領域の成果を俯瞰的に報告する。

研究成果発表

神田 崇行((株)国際電気通信基礎技術研究所 知能ロボティクス研究所 ヒューマンロボットインタラクション研究室 室長)
『ロボットによる街角の情報環境の構築』

 街角で人々とコミュニケーションしながらサービス提供するロボットの実現が近づいている。しかし、その実現のためには、街角環境との調和が重要な課題となっていた。この課題の解決に向けて、街角で人々が普段通りに行動しつつ環境内を移動するロボットから新たにサービスを受けることができるようにする人間調和型情報技術の研究を進めた。人々の広域での移動行動を計測、蓄積、解析することにより街角の状況や場所の使われ方を把握する街角環境理解技術を実現した。そこから得られた情報をもとに、ロボットが適切なインタラクションを行うことで、街角環境と調和して移動したり、人々に話しかけることを可能にするヒューマンロボットインタラクション技術を実現した。本講演では、これらの基盤技術と、これらをもとに実現したロボットサービスについて報告する。

八木 康史(大阪大学 理事・副学長)
『歩容意図行動モデルに基づいた人物行動解析と心を写す情報環境の構築』

 我々は、歩く様子を観察するだけでその人の興味・意図・感情・健康状態などといった内的状態を推し量ることができる。CRESTプロジェクト「歩容意図行動モデルに基づいた人物行動解析と心を写す情報環境の構築」では、このような人の高度な認識機能をコンピュータシステム上に実現することを目標として、安心安全・商業利用・高齢者支援などの具体的な応用場面を想定した大規模データ収集や、そのデータを用いて人の犯行意志や心身の機能低下などといった内的状態を推定する(心を読む)技術の開発に取り組んだ。また、推定された内的状態に応じたフィードバックを与える(心を写す)ことで、犯罪の未然抑止や健康増進意識の向上に繋がる可能性を実験的に示した。本講演では、このプロジェクトを俯瞰するとともに、今後進むべき未来イメージを紹介する。

後藤 真孝(国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報技術研究部門 首席研究員)
『コンテンツ共生社会のための類似度を可知化する情報環境の実現』

 本研究は、音楽や動画のようなメディアコンテンツを豊かで健全に創作・利用する「コンテンツ共生社会」の実現へ向けて、音楽を中心とした研究開発によって、大規模なメディアコンテンツ間の類似度・ありがち度を人々が知ることができる(可知化する)情報環境のための技術基盤を構築してきた。そして、音楽コンテンツの鑑賞支援技術と創作支援技術、類似度・ありがち度の推定と音楽理解技術等に関して、多様な研究成果を生み出してきた。
 本講演では、一般公開して実証実験を推進しているWeb上のサービス(楽曲の中身を自動解析する能動的音楽鑑賞サービスSongle、膨大な音楽コンテンツを俯瞰的に鑑賞できる音楽視聴支援サービスSongrium、音楽に同期した歌詞アニメーション制作支援サービスTextAlive)等の代表的な成果を紹介する。こうした音楽の聴き方・創り方の未来を切り拓く技術開発により、音楽の楽しみ方がより能動的で豊かになる変化を日常生活に起こすことを目指している。

開 一夫(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
『ペダゴジカル・マシン:教え教えられる人工物の発達認知科学的基盤』

 人間が、人工物(機械やコンピュータ)から「教えられ」たり、人工物に「教え」たりすることは可能なのか? 可能とすると、そのような人工物はどう設計・構築していくべきなか?
 この研究プロジェクトでは、「教え・教えられる」ための人工物-ペダゴジカル・マシン-設計・構築を目標に、従来あまり関連のなかった発達認知科学、情報工学、実践教育学の3つの研究分野を融合し、新たな研究領域を創出することを目論んだ。コミュニケーションにおける時間的側面を統制した発達認知科学的実験からは「今性」と「応答性」が「教え・教えられる」関係構築において重要な働きを示すことが明らかとなった。
 この講演では、我々が行った認知科学的実験群の概観しつつ、「今性」「応答性」をもったペダゴジカル・マシン構築に向けて作成したリアルタイム相互作用アノテーションシステムや、学習者の視線に反応するペダゴジカル・エージェントについても紹介する。

徳田 恵一(名古屋工業大学 大学院工学研究科 教授)
『コンテンツ生成の循環系を軸とした次世代音声技術基盤の確立』

 近年、音声情報処理技術の発展に伴い、スマートフォンなどを用いて音声対話システムを誰もが簡単に利用可能になりつつある。一方で、音声対話の内容(コンテンツ)はユーザーにとって情報提示以上の魅力的なものに未だなり得ていないように見受けられる。本プロジェクトの目的は、最新の音声技術を基盤として、ユーザーの創意工夫で魅力的な音声対話システムを作成・利用できる環境を用意することで、「ユーザー生成型コンテンツ」として音声対話システムの多様な応用・展開を広く促し、もって次世代の音声情報処理技術基盤を確立することにある。
 本講演では、音声対話コンテンツ制作支援ツール群、音声対話コンテンツ共有サービス等、新たに開発した音声対話コンテンツの編集・共有の仕組みについて、公共空間を含む様々な条件下における実証実験で得られた結果とともに報告する。

苗村 健(東京大学 大学院情報学環 教授)
『局所性・指向性制御に基づく多人数調和型情報提示技術の構築と実践』

 スマホやパソコンなど、メディア技術は個人の技能を確実に高めてきました。しかし、多人数が集まってコンピュータを使う場合はどうでしょうか? 本講演では、一堂に会した人々の視線が個人の情報端末に奪われ、遠隔地に居るのと変わらない状況を生み出してしまっていることを「拡張遠隔感」と呼び、その問題を解決するために、開示性・融和性・空間性という3つの軸を掲げて取り組んできた研究成果をご紹介します。具体的には、「多人数での感想共有」を出発点に、「グループワークでの対話促進」を実践し、そこで用いられる「文具や紙面の拡張」に取り組みました。さらに、文具に限らない現実拡張技術として「実世界へのデジタル情報の投影」を高度化するとともに、「実物体と空中映像の混在提示」や「360度3D映像」を実現しました。

研究成果とその後の展開

伊勢 史郎(東京電機大学 情報環境学部 教授)
『音楽を用いた創造・交流活動を支援する聴空間共有システムの開発』

 音響学の分野では3次元波面の物理的な再生は不可能と考えられてきたが、多チャンネル逆システムを用いることによりそれが可能であることを証明した境界音場制御の原理を用いて、世界初の没入型聴覚ディスプレイを開発した。96個のスピーカを壁面に取り付けるための構造力学上の理由と音響モードを分散させる目的から採用した樽型形状により、音響樽と名付けたシステムは、臨場感を超えた没入感を実現する音響システムであることがわかってきた。音という道具を使うことが人間性を保つために重要であり、それが情報社会に調和をもたらすという信念に基づき研究活動を進めた。本講演ではその科学的・工学的アプローチにより得られた研究成果について述べる。

黄瀬 浩一(大阪府立大学 大学院工学研究科 教授)
『文字・文書メディアの新しい利用基盤技術の開発とそれに基づく人間調和型情報環境の構築』

 人間調和型情報環境の一つの形は、人が特別なことをしなくても、状況に応じて有用なサービスが得られる仕組みである。そのためには情報環境側が人や状況を知り、サービスを提供できなければならない。本研究は、文字・文書というメディアから、どのような人間調和型情報環境が実現できるのかを追求したものである。本研究では、人が文字・文書を読んだログをリーディングライフログ(RLL)として獲得するとともに、それに基づく様々なサービスを構築した。具体的には以下の通りである。
 文字・文書メディアには、「曖昧性解消」と「内容伝達」という2つの役割がある。曖昧性解消は主に看板などのシーン中の文字が果たす役割である。一方、内容伝達は主に文書が担う役割である。本研究では、両者を対象としたRLLを作成するとともに、前者については人の認識補助、後者については読んだ単語数を数えたり、英語の能力を計測したりするサービスなどを実現した。また、その基礎となる文字認識、文書画像検索、フォント生成などの技術も開発した。
 本講演では、デモ等を交えてこれらの成果を紹介する。

柏野 牧夫(日本電信電話(株) コミュニケーション基礎科学研究所 部長 上席特別研究員)
『潜在的インターパーソナル情報の解読と制御に基づくコミュニケーション環境の構築』

 近年の認知神経科学の進展により、人間の行動、意思決定、感情などにおいて、「潜在脳機能」すなわち自動的で無自覚的な脳内情報処理が本質的な役割を果たしていることが明らかになってきた。潜在脳機能は、コミュニケーションのパートナー間で感覚運動系を介して相互作用し、両者の身体や脳が結合して一種の共鳴状態を作り出す可能性がある。本プロジェクトの基本概念は、そのような相互作用から立ち現れる「潜在的インターパーソナル情報(Implicit InterPersonal Information; IIPI)」こそが、円滑で効果的なコミュニケーションの基盤となるというものである。我々は、脳活動、生理反応、身体運動などからIIPIを解読する手法や、非侵襲的にIIPIを制御する手法について研究してきた。その成果の一端を紹介するとともに、後継CRESTプロジェクトをはじめとする現在の研究展開状況についても報告する。

武田 一哉(名古屋大学 未来社会創造機構/大学院情報科学研究科 教授)
『行動モデルに基づく過信の抑止』

「過信から協奏へ:知能社会イノベーションのための資金・知・人材の良い循環」
 CRESTプロジェクト「行動モデルに基づく過信の抑止」では「自動化された機械をいかに活用するか」という課題を設定し、機械・情報・認知科学の研究者が協力して過信を研究した。プロジェクト後半には、小規模ながら自動運転の公道実験に挑戦した。当時実験のために開発したオープンソースの自動運転プラットフォーム「Autoware」が、現在オープンイノベーションに大きな役割を果たしている。本学のCOIストリームをはじめ、多くの大学・企業がAutowareを活用している。また、本年の栄藤CRESTでは、東大・慶応・名大のチームで完全自動運転の実用化技術を研究することになった。
 この経験から、プラットフォームがオープンイノベーションに重要な役割を果たすことを学んだ。そこで、センシング・理解・行動変容などの技術を多様な産業に活用可能とするような「人間機械協奏プラットフォーム」を協力して構築するコンソーシアム型の共同研究を実施することを提案し、採択されたところである(JST-OPERA事業)。講演では、この間の研究経緯や社会の動きを振り返りたい。

舘 暲(東京大学 名誉教授)
『さわれる人間調和型情報環境の構築と活用』

 CRESTでは、触原色原理に基づく触覚伝送手法を開発し、触覚と3D映像が融合した3次元視触覚情報提示装置や触感を伝えるテレイグジスタンスロボットなどの実証システムを通じて、その有用性を示し触感伝送の基盤技術を構築した。ACCEL「身体性メディア」プロジェクトでは、CRESTの基礎研究の成果を最大限に活かした社会的・経済的価値創造を目指して研究開発を進めている。具体的には、触原色原理に基づき小型・一体型の触覚伝送モジュールを開発し産業界や一般のユーザーに広く提供することで、触覚を持つ身体的経験の記録、伝送、再生に基づく製品やサービスの早期創出を推進するとともに、放送分野やエンターテインメント分野での実用化を志向した「身体性コンテンツプラットフォーム」、およびロボットを用いた遠隔就労という新しい産業の可能性を示す「身体性テレイグジスタンスプラットフォーム」の2つの実証システムを構築し、社会的・経済的インパクトを与えるイノベーションの実現を目指している。

総括

領域アドバイザー 淺川 和雄((株)富士通研究所 フェロー)
『研究領域を振り返って』

 コネクテッドクラウド、IoT、人工知能の実用化が進展する現在、8年前に開始したプロジェクト「共生社会に向けた人間調和型情報技術の構築」で研究開発された成果は、仮想世界と物理世界の融合技術としてますますその重要さを増している。人間調和型情報環境を構築する知能ロボット技術、人の特徴である生体反応や行動を取り込んだHMI技術、テキスト、音声、音楽、画像、センサなどの多様なメディアの解析、検索、集積、構造化などに関わるコンテンツ技術等の研究を通して、人との調和的相互作用を実現するブレークスルー技術を生み出してきた。本講演では、企業の研究者の立場からこの8年間の活動を振り返ってみたい。