研究最前線

特効薬の無い難病「膜性腎炎」の研究に朗報

世界初、モデルマウスの開発に成功
顔写真 吉田 裕樹
(よしだ ひろき)
(佐賀大学医学部 分子生命科学講座 教授)
戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)
研究領域「生体と制御」研究代表者
 まだ特効薬が見つかっていない難病の一つに「膜性腎炎」という原因不明の腎臓病があります。この難病克服に取り組む研究者にとって朗報となる膜性腎炎を自然発症するマウス(ハツカネズミ)作りに佐賀大学医学部の吉田裕樹教授が成功しました。世界でも初めての成果です。これまでモデル動物がなくて困っていましたが、これでその壁が突破できたわけで、膜性腎炎の新薬や治療法の開発が進むものと期待されます。
ねらいと背景
生命科学の研究にはモデル動物が不可欠
 人の腎臓は、腰のあたりに背骨を挟んで左右に1個ずつある尿を作る重要な臓器です。大きさは、拳(こぶし)大で、その中には直径0.2mm位の球状の「糸球体(しきゅうたい)」と呼ばれる器官が左右合わせておよそ200万個詰まっています。
 尿を作るのは、この200万個に及ぶ糸球体で、その一つひとつの中には毛細血管が組み込まれています。体中を回ってきた血液は、この糸球体でろ過され、不要の老廃物だけが尿になるという仕組みです。
 膜性腎炎は、糸球体の中の毛細血管に沈着物が生じ、血管が厚くなる(下図)ことによって血液中の老廃物がろ過されにくくなる病気で、悪化すると腎臓としての機能が止まる「腎死」に陥ります。薬が効き難いのもこの病気の特徴で、他の腎炎には効くステロイド剤も効きにくいケースが多いとされています。しかも、どのようなメカニズムによって膜性腎炎が起こるのかもまだ分かっていないのです。
 にもかかわらず、これまでこの病気を研究するためのモデル動物がありませんでした。ライフサイエンス(生命科学)の研究では、人を対象にしての実験が行いにくいことから人間と同じ病気にかかったモデル動物を使っての研究が不可欠ですが、それが出来ないのです。
 今回、吉田教授は、自然に、それも確実に膜性腎炎になるマウスを作ることに成功したのです。
図 膜性腎炎になった糸球体内の毛細血管の模式図(断面図)。
緑色の部分が血管。黒い部分が沈着物。
図 膜性腎炎になった糸球体内の毛細血管の模式図(断面図)。緑色の部分が血管。黒い部分が沈着物。
内容と特徴
確実に膜性腎炎を発症
 人間の体内に入った細菌などの異物を攻撃する免疫反応には、2つの種類があります。一つは、マクロファージ(白血球の一種)などの免疫細胞が活性化して異物を攻撃する「細胞性免疫反応」で、「Th1反応」と呼ばれています。もう一方は、抗原(異物)に対抗して作られる抗体が働く「抗体免疫反応」で、これを「Th2反応」と言います。そして、この二つの反応は、両雄並び立たずで、天秤のように、一方が優勢になると他方は抑制される関係にあります。
 膜性腎炎は、本来は異物を攻撃するはずの免疫が自分の組織を攻撃してしまう、いわゆる「自己免疫疾患」の一種で、「Th2反応」によって起こるのではないかということが言われています。
 吉田教授は、ある種の免疫細胞が作り出す「インターローキン2 7(略称・IL−27)」というタンパク質によって「Th1反応」が強くなることを発見し、このIL−27が働かないようにしたマウスを作って「Th1反応」を抑え、「Th2反応」を強め、膜性腎炎を自然発症させることに成功したのです。
 I L−2 7は、これを受け止めてくれるキャッチャー(受け手)がいなければ機能しません。この受け手を受容体と言いますが、「遺伝子ノックアウト法」と呼ばれる遺伝子操作によってIL−27受容体を作らないマウスを作ったのです。外観は普通のマウスと変わりません(写真1)。
 使用したマウスの種類は、「MRL/Ipr」と言い、女性に起こりやすい難病「全身性エリテマトーデス」を自然発症するモデルマウスとして知られていますが、IL−27受容体を作らないようにすると確実に膜性腎炎を起こすマウスになることを確認しています。
写真1 開発した膜性腎炎を自然発症するマウス
写真1 開発した膜性腎炎を自然発症するマウス

写真2 膜性腎炎を自然発症したマウスの糸球体の顕微鏡写真。
中央部の濃い色の部分が厚くなった毛細血管
写真2 膜性腎炎を自然発症したマウスの糸球体の顕微鏡写真。中央部の濃い色の部分が厚くなった毛細血管
展望
新薬の開発、副作用のチェックに威力
 ライフサイエンスの研究では、モデル動物は無くてはならない重要なリソース(資源)です。特に膜性腎炎は、まだ特効薬が無く、新薬の開発を行うにもモデル動物が無くて、有望と見られる新薬候補を見つけても効くか効かないかすら十分確かめることができなかっただけに、先ずこうした治療薬の探索やスクリーニング、治療効果の判定、副作用のチェックなどへの利用が挙げられます。
 また、前述の女性の難病「全身性エリテマトーデス」の研究においても福音になることが期待されます。この病気は、顔に特徴的な紅斑が生じるほか、全身の臓器に慢性的な炎症が生じ、さらに合併症として膜性腎炎か、あるいは糸球体の中の毛細血管を支えている細胞の異常増殖によって生じる「増殖性腎炎」を併発する難病です。しかし、なぜある患者では膜性腎炎を併発し、別の患者では増殖性腎炎が起こるのかという因果関係は、分かっていません。吉田教授は、「その因果関係を明らかにできるのでは」と見ています。
研究者のコメント
 「膜性腎炎を自然発症したマウスの糸球体の顕微鏡写真は、2005年12月1日付けの米国免疫学会誌の表紙を飾ることができました。特許は出していませんので、どんどん利用してもらいたいと思っています。興味のある会社に交配用のオスとメスを提供しますので、膜性腎炎の研究に役立てて欲しいと考えています」
ホームページ:http://www.mcis.med.saga-u.ac.jp/

→戻る