研究最前線

耳あかのタイプ決定する遺伝子を発見

個人化医療に応用へ
顔写真 新川 詔夫
(にいかわ のりお)
(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 教授)
戦略的創造研究推進事業(CRESTタイプ)
研究領域「ゲノムと構造と機能」研究代表者
 1つの遺伝子のほんの僅かな違いによって、人間の耳あかが乾燥したタイプ(乾型)になるか、それとも湿ったタイプ(湿型)になるかが決まることを長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の新川詔夫教授らの研究グループが発見しました。勿論、世界初の発見です。耳あかのタイプで薬の効き方が違ってくることも見つけています。耳あかから個人化医療(オーダーメード医療)の道が開けるかもしれません。
ねらいと背景
人間の耳あかには乾型と湿型の2つのタイプ
 人間の耳あかには、乾型と湿型の2つのタイプがあり、日本人は70〜80%が乾型と言われています。
 しかし、欧州系やアフリカ系の人は、ほとんどが湿型で、乾型より湿型の方が優性であることが分かっています。ちなみに、人間以外の哺乳類の耳あかは、マウスとラットを除いてすべて湿型です。
 このため、最古の人類は湿型で、その子孫がある時点で突然変異を起こして乾型の人が生まれ、増えていったのではないかと考えられています。その突然変異が起こったのは、ロシアのバイカル湖のあたりで、2〜3万年前と見られています。
 また、湿型の耳あかの人に腋臭症(えきしゅうしょう=わきが)が多いことも分かっています。脇の下には、粘液性の汗を分泌する汗腺(アポクリン汗腺)があり、湿型の人にこのアポクリン汗腺が多いことが多く、その分泌液が分解して臭いを発するからです。
 新川教授は、2002年に耳あかのタイプを決定する遺伝子が16番染色体の中にあることを見つけていますが、その時点では“在処(ありか)”が分かっただけで、その遺伝子が何であるかは不明でした。
 今回、その遺伝子が何であるかを特定し、そのどこが違うことで耳あかのタイプが決まるのかを見つけたのです。
図1 新川教授が調べた世界各地の人々の耳あかの乾型と湿型の割合
図1 新川教授が調べた世界各地の人々の耳あかの乾型と湿型の割合
(注) #は欧州系アメリカ人、★はアフリカ系アメリカ人を示す。
内容と特徴
遺伝子の僅かな違いでタイプが決まる
 人間の遺伝子の数は、およそ3万2000個です。その遺伝情報は、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という4種類の塩基の内のどれか2つが結びついた「塩基対」によって記憶されています。塩基対が「文字」に相当し、塩基対の組み合わせ(塩基配列)によって遺伝情報ができているのです。そして、人間の全遺伝情報(ゲノム)を記録する塩基対の数は、3 0億塩基対にのぼると言われています。
 新川教授が発見した耳あかのタイプを決める遺伝子は、「ABCC11」と言い、この遺伝子の特定の場所の塩基の組み合わせが「GとG」か「GとA」だと湿型の耳あかになり、「AとA」だと乾型になることを見つけたのです。
 つまり、ABCC11遺伝子の長大な塩基配列の中の僅か1箇所の違いで耳あかのタイプが決まっているということです。
 ABCC11遺伝子は、細胞の中に入ってきた薬物や物質を細胞の外に排出する機能を持っていることが知られていますが、乾型と湿型のABCC11遺伝子の排出機能の違いを調べたのが図2です。
 これは、共同研究者の東京工業大学・石川智久教授が行った実験で、ブタの腸の上皮細胞に湿型と乾型のABCC11遺伝子をそれぞれ別々に導入し、投与したcGMP(サイクリック・グアノシン・モノフォスフェート)という物質がどれだけ細胞外に排出されるかを測定したものですが、湿型の方が排出機能が勝っていることがはっきりと表れています。
 新川教授は、この結果から、「湿型の人は排出機能が強く、乾型の人は弱いことが分かった」と言っています。
図2 乾型と湿型のABCC11遺伝子の排出機能の違い
図2 乾型と湿型のABCC11遺伝子の排出機能の違い

展望
乾型と湿型で薬の効き方が違う
 乾型の人と湿型の人とで排出機能が違えば、薬の効き方も違ってくるはずです。排出機能が弱ければ、投与した薬剤が排出されずに細胞内に貯まってしまうので副作用にもつながりかねません。新川教授は、ABCC11遺伝子が湿型であるか乾型であるかをチェックすることでその人に合った医療、つまり個人化医療(オーダーメード医療)が施せるようになるのではないかと考えています。
 同教授は、個人化医療への応用を目指し、どんな薬がABCC11遺伝子によって排出されるかを徹底的に調べる作業を現在進めています。
 耳あかが湿型の女性の方がお乳の出が良いという説もあり、長崎大学の付属病院が今回のABCC11遺伝子による耳あか判別法を使って調査を続けています。
研究者のコメント
 「これまでに33の民族の耳あかを調べています(図1参照)が、乾型の人々はアメリカの原住民やボリビアにもいることが分かり、アジアの人がマンモスを追ってベーリング海を通りアメリカ大陸まで行ったことがうかがわれます。日本人も縄文人は湿型でしたが、大陸から渡来した文化の進んだ弥生人が乾型だったのです。耳あかのタイプの日本全県にわたる分布地図と世界の分布地図を是非完成させたいと思っています」
ホームページ:http://www.med.nagasaki-u.ac.jp/adi-gene/index.html

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