研究最前線

タブー破る方法でタンパク質を結晶化

大学発ベンチャーを設立し企業化に成功
顔写真
写真左から
井上 豪
(いのうえ つよし)
(大阪大学大学院
工学研究科 助教授)
高野 和文
(たかの かずふみ)
(大阪大学大学院
工学研究科 助教授)
村上 聡
(むらかみ さとし)
(大阪大学産業科学研究所
 助教授)
戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ) 研究領域「生体分子の形と機能」研究者
 新薬の宝庫と期待されるタンパク質。その研究にはタンパク質の結晶が不可欠です。大阪大学の高野和文助教授、村上聡助教授、井上豪助教授らは、これまでのタブーを破る方法で良質なタンパク質結晶を作る結晶化技術を開発。“7人の侍”よろしく高野助教授ら7人の教官自らが出資して大学発ベンチャーを立ち上げ、タンパク質結晶化ビジネスをスタートさせました。
ねらいと背景
タンパク質研究のボトルネックを解消
 人間の体内で作られているタンパク質の種類は、10万種類とも20万種類とも言われます。その一つひとつの働きによって生命は保たれているわけで、病気の多くはタンパク質の働きに異常が生ずることで起こります。
 そこで、ヒトゲノム(人の全遺伝情報)解読に続く、いわゆる「ポストゲノム」研究として世界各国が力を入れているのがタンパク質の立体構造の解析です。
 タンパク質は、複雑な立体構造を持つ高分子ですが、「鍵と鍵穴」の関係のように、ある特定の立体構造の相手(物質)としか反応しない性質を持っています。病気に関連するタンパク質の立体構造と機能が分かれば、そのタンパク質と反応する物質を予測することが可能になり、新薬開発にまでもっていけるからです。
 既に世界各国で30近いタンパク質の立体構造解析プロジェクトが進行しているほどです。その内の9つは米国ですが、我が国でも文部科学省が平成14年度から5年計画で3000種類以上のタンパク質の立体構造と機能の解析を目指す「タンパク3000プロジェクト」をスタートさせています。
 ところが、タンパク質の立体構造解析に必要なタンパク質の結晶作りがボトルネックになっているのです。
 タンパク質の結晶にX線を当てると、X線が四方八方に飛び散る散乱が起こります。その散乱パターンを写真フィルムに記録するとそのタンパク質固有の斑点模様(ラウエ斑点)がレントゲン写真のように得られ、タンパク質の姿形にあたる立体構造を知ることができるのですが、サンプル(試料)にするタンパク質の結晶を作るのが大変なのです。
 高野助教授らの結晶化技術は、そのボトルネックを解消するもので、例えばこれまでの方法では5年間トライしても結晶化できなかったという難物のタンパク質まで見事結晶にすることに成功しています(写真)。
育成したタンパク質「アデノシン・デアミナーゼ」(酵素の一種)の結晶
旧・藤沢薬品工業(現・アステラス製薬)との共同研究で新結晶化法により育成したタンパク質「アデノシン・デアミナーゼ」(酵素の一種)の結晶(拡大写真)。従来法では、5年間かけても結晶化出来なかった難物です。結晶の大きさは、約0.1mm。ここまでもっていくのにかかった期間は、2ヵ月
内容と特徴
異分野協力でブレークスルー生む
 食塩溶液を放っておくと水が自然に蒸発してやがて食塩の結晶が析出してきます。タンパク質の結晶化も基本は同じで、これまではタンパク質の溶液から結晶が析出してくるまで、触らず、動かさず、ただただ静かに何日も、場合によっては何ヶ月も、じっと待つことを金科玉条としてきました。
 高野助教授らの結晶化法は、この常識を破るもので、図のように先ず「フェムト秒レーザー」と呼ばれる非常に短いパルス幅(発光している時間)のレーザー光をタンパク質溶液に瞬間的に照射して結晶の核が出来るのを待ちます。核は、非常に小さいので、顕微鏡で覗いてその生成を確認します。核が生成したら、容器ごとロータリーシェーカー(水平回転振とう装置)という攪拌装置にかけ、静置ならぬ攪拌で結晶の成長を促進させ、X線結晶構造解析のサンプルに必要な0.1〜0.5mmの結晶を得るという方法です。結晶の大きさを0.1〜0.5mmまで成長させるのに要する時間は、平均して1〜2週間です。
 フェムト秒レーザーに行き着く前に、それよりパルス幅が長いナノ秒レーザーを使っていますが、うまくいかず「核はできなかった」と高野助教授は言っています。
 レーザー照射や攪拌は、無機材料などの結晶化に既に使われていますが、それを取り入れたのはその経験と技術を持った電気材料工学の研究者が高野助教授らの研究チームに加わっていたからで、「最初は『そんな無茶な、タンパク質が壊れる』という感じで唖然としました。まさに、カルチャーショックでした」と高野助教授は振り返っています。
 これまでに約100種類のタンパク質230サンプルについて結晶化を試みていますが、その71〜72%を結晶化することに成功しています。これは、従来の3倍近い驚異的な成功率です。
新結晶化法で作った酵素「イソメラーゼ」(タンパク質)の結晶

図
新結晶化法で作った酵素「イソメラーゼ」(タンパク質)の結晶(拡大写真)。結晶の育成に最も適した環境とされる無重力の宇宙で作ったイソメラーゼ結晶より良質であることが確認されています

展望
タンパク質の完全結晶実現にチャレンジ

 7人の侍が出資して設立したベンチャーの社名は「株式会社創晶」と言い、発足したのは今年(2005年)の7月です。資本金は、3,305万円。三菱商事も数%出資しています。
 事業内容は、製薬会社などタンパク質の研究をやっている所からの結晶化の受託で、既に10社近くから受託しています。
 今後の課題は、得られる結晶の質をさらに上げることです。立体構造解析では、どこまで細かく調べられるか(分解能)が重要で、今回の技術で得られるタンパク質結晶の分解能は2〜3Å(オングストローム=1Åは1000万分の1mm)までいっています。2Åの分解能があれば、タンパク質分子の「側鎖(そくさ)」と呼ばれる枝の部分の構造を正確に決めることができますが、水素原子まで識別できるようにするには1Åまで持っていく必要があると言われています。
 1Åの分解能を達成するには、欠陥の全く無い結晶(完全結晶)にもっていく必要がありますが、「5年以内に実現できるでしょう」と高野助教授は夢を語っています。

研究者のコメント
高野和文助教授
 「現在は、研究者が自分でタンパク質を抽出して結晶化しているというのがほとんどです。結晶化できずに困っているケースも多々あると聞いています。そうした人たちの手助けになれればと思っています。完全結晶の実現に向けて他の結晶化手法の研究にも取り組んでいます。半導体結晶は産業の米と言われていますが、タンパク質結晶も半導体として使えるかもしれません。そのチャレンジも始めています」
高野助教授ホームページ:http://www.biomolpresto.jst.go.jp/sub413.html

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