研究最前線

雄性不妊症の原因の1つを解明

その秘密は精子の小さなリングに潜んでいた
顔写真 木下 専
(きのした まこと)
(京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構 助教授)
戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)
 研究領域「生体分子の形と機能」研究者
 京都大学大学院医学研究科の木下 専・助教授は、雄性不妊症の一種「精子無力症」の原因の1つをマウスで突き止めました。精子の鞭毛(べんもう)の部分に本来ある「セプチン」というタンパク質でできた超微細なリング(輪)が何らかの理由で無くなってしまうと鞭毛が正常に動かなくなって受精しなくなることを発見したのです。木下助教授は、人間の不妊症診断に使えるようにもっていきたいと考えています。
ねらいと背景
不妊症の半数は男性側に原因

 日本人のカップルの8〜10組に1組は子供が授からず悩んでいます。その約半数は、男性側に原因がある雄性不妊です。
 そして、雄性不妊症には、精子の数そのものが少ない「乏精子症」と、精子の鞭毛運動が低下することに起因する「精子無力症」とがあり、雄性不妊症の約3割が精子無力症と見られています。
 しかし、鞭毛運動の低下が何故起こるのかといった精子無力症の発症機構は、まだほとんど分かっていません。
 今回の成果も精子無力症の研究から生まれたのでは実はなく、木下助教授は「セプチンの形と機能の研究の中で得られたものです」と振り返っています。
 木下助教授がセプチンの研究を始めたのは1991年で、米国ハーバード大学留学中の2002年にセプチンが試験管の中で自然に集合して超微細なリングになることを見つけています。
 そして今回、精子の鞭毛部分についている超微細なリングがセプチンからできていることを発見、そのリングが無くなるとマウスが精子無力症になることを突き止めたのです。

正常なマウスの精子の模式図
正常なマウスの精子の模式図

内容と特徴
リングの欠落が不妊の原因

 セプチンは、真核生物(細菌以外の生物)の細胞内で作られるタンパク質の一種で、「セプチン1」から「セプチン14」まで14の種類があります。今回の成果は、マウスから得たある発見がヒントになって生まれました。
 セプチン4を作らないオスは子供ができず、セプチン4を作らないメスは子供ができることを見つけたのです。
 「予想外の発見でした」と木下助教授は語っていますが、このことから「オスの生殖機能にセプチン4が必須なのではないか」と考え、精子の鞭毛にはまっている直径0.5〜0.6μ(ミクロン=100万分の1m)の超微細リングがセプチン4を含む多種類のセプチンでできていて、このリングが無いと精子無力症になることを見つけたのです。
 精子は、オタマジャクシに似た形をしていて、尻尾(しっぽ)に相当する鞭毛の部分に図(上)のようにリングが一つあることは従来から知られていることでした。
 しかし、このリングが何からできていて、どんな働きをしているのかは全く分かっていませんでした。
 セプチン4を体内で作れないようにしたマウスの精子を顕微鏡で覗くと、その多くはリングの無くなっている部分で鞭毛が折れてしまうことが分かったのです。
 木下助教授は、被覆電線を例に挙げ「被覆があると無いとでは強度がぜんぜん違います。リングが無いとその部分が裸になって折れやすくなるのでは」と鞭毛が折れる理由を説明しています。
 精子は、オタマジャクシ同様、鞭毛を振って前に進む力を得ています。その鞭毛が折れたり、曲がったりしたら推進力が減ってしまい、卵子まで泳ぎつけなくなってしまうというわけです。
 マウスに続き人間の精子無力症患者15人の精子を調べたところ、3人の精子にマウス同様リングの無いことが分かりました。

マウスの精子の鞭毛部の電子顕微鏡写真
マウスの精子の鞭毛部の電子顕微鏡写真

展望
人間の雄性不妊診断に応用へ

 人間の精子無力症診断への利用が期待されます。雄性不妊症の程度がリングの有無で容易に判別できればより適切な不妊治療が受けられるようになり、雄性不妊で悩む夫婦にとっては朗報となります。
 それには、症例数を増やし実用性を証明することが先ず必要で、木下助教授は「生殖医療に携わる臨床の専門家と患者さんの協力を得て(現在の15例を)100〜200例にもっていければと考えています」と言っています。
 セプチン4が体内でできなくなると精子だけでなく脳や肝臓などに異常が生じることもマウスでは分かってきており、こうした研究の進展も期待されます。
 たとえば、木下助教授は、セプチン4ができなくなると「バーグマン・グリア細胞」と呼ばれる小脳にしかない細胞の神経支持機能が破綻することを既にマウスで発見しており、それによってマウスの運動能力が低下することを確認しています。

研究者のコメント
 「セプチンリングの欠落がマウスの精子無力症の原因の1つであることは間違いありません。人間についても相関関係があることは分かりましたが証明はまだです。遺伝子レベルで証明していきたいと考えています。子供ができないからすぐ不妊治療しましょうということではなく、病態を正しく理解してその人に合った治療を行うべきです。不妊治療は、金もかかるし苦痛も与えます。それを低減する一助になればと思っています」
木下助教授ホームページ:http://sentan1.hmro.med.kyoto-u.ac.jp/teams/index_m_kinoshita.html

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