研究最前線

次世代メモリーにブレークスルー

ギガビット級「MRAM」実現に道
顔写真 湯浅 新治
(ゆあさ しんじ)
(独立行政法人産業技術総合研究所エレクトロニクス研究部門スピントロニクスグループ長)
戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)研究領域「ナノと物性」研究者
大容量・高速・不揮発性というメモリー(記憶素子)に求められる三大要素を全て併せ持つ次世代メモリーとして期待されている「MRAM」(磁気記憶式随時書き込み読み出しメモリー)はトンネル磁気抵抗(TMR)素子の磁化の方向が同じか反対かを2進法の「1」と「0」に対応させて情報を記憶します。独立行政法人産業技術総合研究所の湯浅新治スピントロニクスグループ長らは、TMR素子のトンネル障壁材料を酸化マグネシウムにするなどして、高集積化に必要な出力電圧アップの鍵を握るTMR素子の磁気抵抗(MR)比の大幅向上に成功しました。ギガ(10億)ビット級の次世代MRAM実現に向けた大きなブレークスルーです。
ねらいと背景
読み出し易さと速さを実現
 鉄のような強磁性体の金属電極2枚で、厚さ数ナノ(ナノは10億分の1)m以下の酸化アルミニウムや酸化マグネシウムのような絶縁体の薄膜をサンドイッチのように挟んだのがTMR素子です。この素子に電圧をかけると、量子効果で本来は電気を通さない絶縁体を通して電極間にトンネル電流が流れます。この時の電気抵抗は両側の磁性体電極の磁化が同じ向きの時には小さく、反対向きの時には大きくなります。この現象がTMR効果です。約10年前に東北大学の宮崎照宣教授が室温でTMR効果を実現して以来、MRAMの研究開発が世界的に行われるようになりました。
 MRAMではTMR素子の磁化の向きの違いで情報を記憶、電流を流して電気抵抗の変化(磁気抵抗)で読み出すので、磁気抵抗の大きい方が出力電圧が大きくなり、読み取り易いわけです。TMR素子の磁化が反対向きの時の抵抗が、磁化が同じ向きの時の抵抗と比べてどれほど大きいのか、その割合を示すのがMR比です。ギガビット級のMRAM実現には室温で150%以上のMR比が必要と言われていますが、2001年に米アラバマ大学のW・H・バトラーが、ある条件なら1000%を超える巨大なMR比が現れるという理論予測を発表しました。
 その検証が各国で試みられてきましたが、酸化アルミニウムの70%を超えるものは出ていません。しかし、湯浅グループ長らはトンネル障壁材料を高品質の酸化マグネシウムにすることなどで、230%という従来の3倍余のMR比と550mVもの世界最高の出力電圧(従来記録は200mV弱)を達成しました。2003年からサンプル出荷されている米国の4メガ(メガは100万)ビットRAMに対して、この出力電圧アップで「数倍から数十倍の高集積化と高速読み出しが可能」と湯浅グループ長は見ています。


TMR素子トンネルの磁気抵抗(TMR)効果
図 TMR素子トンネルの磁気抵抗(TMR)効果

内容と特徴
メカニズムも解明
 「理論を信じて挑戦した結果、MR比の大きい酸化マグネシウムTMR素子量産化の目処はつきました。1000℃を超えるような高温ならともかく、量産プロセスに最適な室温付近で酸化物の単結晶を作るのは難しく、酸化マグネシウムはほとんど唯一の例外です。その意味では材料の素質が良かった」というのが湯浅グループ長の感想です。
 まず、独自のノウハウを盛り込んだ超高真空の分子線エピタキシャル(MBE)装置で高品質の単結晶酸化マグネシウムを鉄で挟んだTMR素子を作製、従来の酸化アルミニウムTMR素子を遥かに超える、室温で188%(低温では250%)のMR比を実現しました。しかし、MBEは量産には適さないので、さらに(株)アネルバと共同で量産プロセス開発に取り組み、スパッタ装置で酸化シリコン下地の8インチウエハー上に作製した酸化マグネシウムTMR素子で、室温で230%のMR比を達成しました。
 酸化マグネシウムのTMR素子で何故こんな大きなMR比が生じるのか、そのメカニズムも実験で検証済みです。これも世界初の成果です。
 簡単に理屈を言えば、酸化アルミニウムと酸化マグネシウムの原子の並び方が違うことで起きる電子の波動性の有無が原因です。単結晶の酸化マグネシウムでは原子の並び方が規則的なのでトンネル電流を運ぶ電子が波の性質を保っているのに、酸化アルミニウムは原子の並び方がバラバラ(このような物質をアモルファス物質と言います)なので波が散乱され、波動性を失ってしまうからです。
酸化アルミニウムと酸化マグネシウムでMR比が大きく異なる理由
図 酸化アルミニウムと酸化マグネシウムでMR比が大きく異なる理由
(a) トンネル障壁が酸化アルミニウム(アモルファス物質)の場合。原子の並び方が不規則なため、電子が散乱されて、波動性を失う。 (b) トンネル障壁が酸化マグネシウム(単結晶)の場合。原子の並び方が規則的なため、電子が散乱されずに波動性を保ったまま直進すると予想される。

展望
ギガビット級MRAMの実用化は5年後
 ギガビット級のMRAM実現に必要な出力電圧アップに向けた高MR比化はこれで目処がつきましたが、課題はもう一つあります。それは書き込み法です。現在の「電流の作る磁場による書き込み法」では、大容量化のために素子を小さくするほど、書き込みに必要な電力は逆に大きくなるのです。
 そこで湯浅グループ長らは、「スピン注入磁化反転法」という素子が小さいほど小電流で済む新しい書き込み法を研究しています。
 このようにして将来、ギガビット級MRAMが普及すれば、MRAMは不揮発性でDRAM(随時書き込み読み出しメモリー)のように記憶保持動作は不要なので、それだけ省エネルギーになります。
 また、データがMRAMに常に入っているので、通常は電源を切っておく「ノーマリー・オフ」でも、電源を入れたらすぐに使える「クイック・オン」が出来ます。似たような不揮発性の論理回路も考えられますが、「それは次の課題」というのが湯浅グループ長の見解です。
 TMR素子は、一種の磁気センサーですから、用途はMRAMだけではありません。パソコンなどでお馴染みのHDD(ハードディスク装置)のヘッドにもなります。現在のHDDのヘッドはGMR(巨大磁気抵抗)効果の素子を使っていますが、それよりMR比が10倍大きい酸化マグネシウムTMR素子の商用化は「ここ3年以内、時間の問題」と湯浅グループ長は予測しています。これに対して、ギガビット級MRAMの実用化は5年後と踏んでいます。
研究者のコメント
「バトラーの予測が発表され、欧米の研究者がいろいろ試みたのに良い結果が出なかったので、彼の理論は間違っているのではないか、と言われたこともありました。ですが、諦めずに頑張って良かったと思っています。何せ、我々の論文が載った英国の著名な科学雑誌の同じ号(2004年12月号)に米国IBMの同様の論文が載ったのです。しかし、それより早い2004年4月2日に応用物理学会の英文誌に我々の最初の論文が掲載されています」
湯浅グループ長ホームページ:http://www.nanostructure.jst.go.jp/

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