研究最前線

3者間の量子テレポーテーション実験に成功

多者間で情報通信のネットワークが組めることを実証
顔写真 古澤 明
(ふるさわ あきら)
(東京大学大学院工学系研究科 助教授)
戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」研究代表者
“量子テレポーテーション”とは「A点での量子状態が消え、それが別のB点に現れる」ことです。まるでSFみたいな話ですが、A点での量子状態がB点に現れるのですから、この量子状態に情報としての意味を持たせれば、A点からB点に情報が伝わったことになります。量子テレポーテーションが将来の情報通信・処理技術の基礎中の基礎、つまり土台と言われるわけです。東京大学大学院工学系研究科の古澤明助教授は3つの光子(光)に共通した“量子的なもつれ”(量子エンタングルメントと言います)を持たせて3者間でこれを制御、世界で初めて3者間での量子テレポーテーション実験に成功しました。今回の成功で量子による情報通信・処理のネットワークが組めることが実証されました。
ねらいと背景
現在の情報通信・処理技術には限界が
 物理的な量の最小単位である「量子」は極めて不安定ですが、量子力学的効果を積極的に用いることにより従来は不可能であった動作が可能となります。
 現在の通信、例えばファクシミリで原稿を送れば、受信側には原稿のコピー(言わば分身)が現れ、送信側には原稿が残ります。ところが量子テレポーテーションでは、郵送でもないのに原稿自体が相手に届いた様になるのです。量子には孫悟空のような分身は許されないので、AB両点に同時に姿を見せることはあり得ず、B点に現れたということはA点では消えたことになるのです。
 電流、電圧、磁場、光の強弱など、いわゆる古典的物理学の動作原理に基づく現在の情報通信・処理技術は、処理速度や記憶容量を日々向上させて来ました。それでも「何時かは限界を迎えるでしょう」と、2000年に東大に来るまで、国内の光学メーカーに籍をおき、光化学ホールバーニング、フォトンエコー、量子光学の研究をしていた古澤助教授は言います。
 古澤助教授によると「ディスクの記録密度を上げようと、光のスポットをどんなに絞っても光の波長以下には出来ません。また、それほど大容量化すると、読み出し時のディスクの回転速度を猛烈にアップしなければなりません。それが極限まで行くと、回転が早くなったことでディスクから跳ね返って来る光子の平均個数が1個以下になってしまいます」。こうなると、光を拾えなくなりますから、普通のやり方ではそこが限界なわけです。
 一方、「半導体の集積度は1年半から2年で倍増する」というムーア(米国インテル社創業者の一人)の法則によると、2020年にはLSI(大規模集積回路)中の1個のトランジスタのゲートを走る電子は1個を切ってしまう計算です。前述の光子の場合と同様に、古典的な考え方なら、ここで行き止まりです。
 そこで、こうした限界を乗り越えようと、量子物理学に立脚した、今回の成果のような新しいアプローチが始まっているのです。


量子テレポーテーションネットワークの概念図
概念図

内容と特徴
3者の情報が揃って、はじめて量子テレポーテーションに
 量子もつれ制御による量子テレポーテーションは、電子系やイオン系でも可能ですが、今回の実験は光子系で行われました。何故なら、光の量子状態は、ミラー(鏡)で光を跳ね返している限りは壊れないので、実験がやり易いためです。
 実験は以下のように行なわれました。1回の実験の中で3つの光子(光)は、送信者/受信者/制御者のいずれかの役割を果たします。もちろん、役割は互いに変えられます。
 まず、3者全員に量子的にもつれさせた光ビームを送ります。これで3者は見えない糸で量子もつれを共有したことになります。
 送信者は、この光ビームと送りたい量子情報を含む光ビームを合わせて測定、その結果を受信者に送ります。制御者も自分の所に来ている量子もつれの光ビームを測定、その結果を受信者に送ります。受信者は、送信者と制御者からの情報の雑音を、自分の所に来ている量子的にもつれた光ビームを用いて消し、送信者が入力した量子情報を再現します。
 ここで、制御者無しでは送/受信者間の量子テレポーテーションは起きません。3者ではお互いに量子的に“もつれ”ているけれど、2者同士では“もつれ”ていないので、そのままでは量子テレポーテーションはあり得ないのです。しかし、3者でなら互いに“もつれ”ている制御者が加わること、つまり、3者全員の情報が揃って初めて送/受信者間の量子テレポーテーションが実現するのです。
 古澤助教授は、米国カリフォルニア工科大学で研究中の1998年に2者間での量子テレポーテーション実験に成功していますが、今回の成功でネットワークが組めることが証明されたのです。この意味が如何に大きいかは、英国の科学誌「ネイチャー」が本成果の投稿論文を昨年の9月23日号の表紙に掲載したことでも分かります。
実験装置写真
3者間の量子テレポーテーション実験を行った実験装置。この中に送信者、受信者、制御者の役割をはたす装置が組み込まれている

展望
意義大きい今回の成功
 古澤助教授は「量子テレポーテーションが2者で出来たことと、3者で出来たことでは、意義は決定的に違うと思います」と言い、その理由を「2者での量子もつれの制御は、握手のようにお互いが片手だけで結ばれたようなものです。それが、3者の量子エンタングルメント制御になると、3人が互いに両手を伸ばして結ばれたようになります。これで初めてリングとなり、ネットワークが組めるのです」と語ります。
 「2」が「3」になるのは、数的には、たった1つのプラスですが、「3」で出来たということは、さらに「4でも」「5でも」・・・と無限に続く可能性への第1歩なのです。3者で成功なら、さらに複雑なネットワークも可能でしょう。2者の量子テレポーテーション成功と3者のテレポーテーション成功では、同じ成功と言っても決定的に意義が違うのです。
 ただし、こうした検証と、ハードとしての量子コンピューターや量子暗号の実用化といったこととは話は別です。実際、量子コンピューターの実用化には、まだまだ数多いハードルがあるそうで、この研究グループは今のところ、量子コンピューターそのものの研究はしていません。
研究者のコメント
「ご覧になれば分かるように、現在ではたった3つの光子の量子もつれを制御するだけで畳数畳分の実験台にレンズやミラーが一杯で、量子コンピューターの実用化うんぬん以前の状態です。この実験系を小さくするだけでも、やらねばならない課題が一杯あります。コンピューターだって、今はパソコンですが、50年前はビルの1階フロア全体を使うほど大掛かりなものでした。量子を使う情報通信・処理はまだその程度の段階です」
古澤助教授ホームページ:http://aph.t.u-tokyo.ac.jp/~furusawa/

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