研究最前線

世界一美しい「モルフォ蝶」の色を人工的に再現

ナノテクを駆使して成功、世界でも初めて
顔写真 松井 真二
(まつい しんじ)
(兵庫県立大学高度産業科学技術研究所 教授)
戦略的創造研究推進事業 研究領域「高度情報処理・通信の実現に向けた
ナノファクトリーとプロセス観測」研究代表者
生きている宝石とまで言われ、世界一美しい蝶として有名な「モルフォ蝶」。兵庫県立大学高度産業科学技術研究所の松井真二教授は、その鮮やかな青い色「メタリックブルー」を人工的に再現することに成功しました。モルフォ蝶の色は、色素によるものではなく、羽根の表面の何とも不思議な微細構造によって作り出されていることが知られています。松井教授は、それに似た微細構造を最先端のナノテクを駆使してシリコン基板の上に作ることに成功したのです。世界でも初めての成果です。
ねらいと背景
発色の秘密は不思議な微細構造にあり
 モルフォ蝶(写真1)は、南米に生息する大型の蝶です。眩(まばゆ)いほどの青い色は、他に類を見ないとまで評されていますが、色素による色ではありません。
 その発色の秘密は、モルフォ蝶の羽根の表面にあります。表面は、μm(マイクロメートル=100万分の1m)オーダーの微細な鱗(うろこ)状の「鱗粉(りんぷん)」で被われていますが、その鱗粉が非常に不思議な構造をしているのです。鱗粉は、蝶を捕まえた時に手などに付くあの粉です。モルフォ蝶の鱗粉には、超微細な格子状の溝が等間隔で多数刻まれていて(写真2)、それぞれの溝の側面には図1のような棚状の襞(ひだ)がついているのです。
 この襞がポイントで、何段もの襞の働きによって青色の波長の光だけが反射され、青く見えるのです。光は、波の性質を持っているので、海の波と同じように互いに強め合ったり、逆に弱め合ったりする性質(「干渉」と言います)があります。この干渉が襞によって起こり、青の光だけが強め合って眩いほどの色になるという仕組みです。
 モルフォ蝶の色に科学者が興味を持ち出したのは古く、20世紀初め頃からとされています。しかし、襞構造が分かったのは電子顕微鏡が登場してからで、その構造を人工的に再現した例はこれまでありませんでした。
 松井教授は「モルフォ蝶は何億年もかけて今の構造を作りました。その構造を作って本当に同じ色が出せるか確かめたかったのです」とチャレンジした理由を語っています。
写真1
写真1 モルフォ蝶の標本
目の覚めるような青色をしています

写真2
写真2 モルフォ蝶の鱗粉の表面
1個の鱗粉の一部分を写した電子顕微鏡写真です

図1
図1 鱗粉の断面構造のイメージ図
内容と特徴
積み木のように積み上げていく
 作り方は、nm(ナノメートル=10億分の1m)オーダーの超微細なカーボン(炭素)の粒を積み木のように一個一個下から積み上げてモルフォ蝶の襞に似た構造にもっていく方式です。
 具体的には、「集束イオンビーム装置」と呼ばれる市販のナノテク装置を使い、細く絞ったガリウムイオンを原料ガスに当ててカーボンの粒を析出させていくというものです(図2)。
 装置内の空気を抜いてから「フェナントレン」という原料ガスを供給してガリウムイオンを打ち込むと、フェナントレンが分解してシリコン基板の上に直径10nm程の超微細な板状のカーボンが次々と積もっていきます。イオンビームを振れば積み木のようにカーボンを様々な姿形に積み上げていくことができます。
 写真3は、松井教授が作った襞構造で、各列とも高さ3μm、幅1.2μm、長さ20μmです。襞が何段もできているのがよく分かります。この襞構造1列を析出させるのに要する時間は、約20分です。
 モルフォ蝶が青く見えるのは、鱗粉の襞と襞の間隔が青色の光の波長の半分に当る0.2μmになっている(図1参照)からだと言われます。松井教授は、その襞間隔を0.2μmにすることで見事モルフォ蝶と同じ青色を出すことに成功したのです。
 目視だけでなく、分光分析でもモルフォ蝶とほぼ同じ青色であることを示す測定結果が出ています。
図2
図2
集束イオンビーム装置による板状カーボン析出のイメージ図

写真3
写真3
集束イオンビーム装置で作ったカーボン製の襞構造(拡大写真)

展望
7つの色が全部出せる
 今は、モルフォ蝶の青ですが、この技術を使えば様々な色が出せると松井教授は見ています。襞構造の襞と襞の間隔を変えれば色は変わり、「7色全部出せる」と言っています。
 色素や染料を使わずに7つの色が出せれば大変な革命です。装身具や装飾品、発光素子などへの利用が期待されます。
 今後の課題は、生産性です。長さが僅か20μmの襞構造一列をつくるのに今のように20分もかかるのでは遅すぎます。これをどう解決するかですが、松井教授は「CD(コンパクト・ディスク)と同じように金型で成形するようにすれば量産できる」と考えています。つまり、集束イオンビーム装置で作った襞構造をマスターにして金型を作り、プレス成形で次々と生産するというシステムです。
研究者のコメント
「生体が作り上げた最適構造を真似たら本当に光るのか。これを確かめてみたかったのです。期待感はありましたが、やはり感動しました。トライしたのは2003年の7月ですが(同年の)12月にはメタリックブルーを出すことに成功しました。襞構造をコントロールしながらこれからも生体の不思議を探究し続けていきたいと思っています」
松井教授ホームページ:http://www.lasti.himeji-tech.ac.jp/LASTI/org/new-materials/Index-j.html

→戻る