研究最前線

環境に優しい高性能圧電材料を開発

新原理で従来の40倍の電歪(でんわい)を実現
顔写真 任 暁兵
(にん・ぎょうへい)
(独立行政法人物質・材料研究機構材料研究所基礎物性研究グループ主任研究員)
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「秩序と物性」
研究領域「点欠陥秩序の対称性と特異なマルチスケール現象」研究者
独立行政法人物質・材料研究機構 材料研究所の任暁兵主任研究員が、新しい原理で巨大な電歪(圧電効果)を発揮する新しい圧電材料を生み出しました。電場をかけて生じる歪みの大きさは、最大で従来型の約40倍あり、しかも成分に鉛が含まれていません。この新しい圧電材料の原理は普遍的なものなので、大きな電歪をもたらす別の新圧電材料の開発も可能となり、新用途を拓くと同時に、環境に優しい圧電材料の創製としても注目されます。
ねらいと背景
無鉛の圧電材料を求めて
 チタン酸ジルコニウム酸鉛(PZT)のような圧電材料は電場を加えると伸縮し、力を加えると電圧が発生する圧電効果を示すので電気−機械エネルギー変換のアクチュエーターなどに使われています。携帯電話の圧電スピーカー、パソコンのインクジェットプリンターのインク噴出制御、走査型トンネル顕微鏡や原子間力顕微鏡の探針と試料台の制御などがその例です。
 これまでの圧電材料の原理は、プラスイオンとマイナスイオンの中心が構造的にずれていることで、かけた電場に引っ張られてイオンが移動、これにより材料の結晶全体が伸縮するというものでした(図のa)。
 しかし、その変形の度合いは原理的にごく僅かで、この種の圧電材料で最も大きい圧電効果を示すPZTでも、1mm当たり100Vの電場で最大0.01%ほどしか長さが変形しません。ですから、従来の原理に基づく圧電材料の応用には限度があります。それに、PZTは現在使われている圧電材料の9割を占めていますが、名前で分かるように、成分に鉛を含むので、産業廃棄物対策上、今後は規制されて行く方向にあります。
 そこで、今、圧電効果が大きくて、しかも無鉛の圧電材料が求められています。今回の成果による変形は、1mm当たり200Vの電場で最大0.75%もあり、これは、同じ電場でPZTで得られる変形の約4 0倍です。材料はチタン酸バリウム(BaTiO3)系ですから、鉛は入っていません。
図 通常の逆圧電効果による電歪の基本原理と新しい原理による巨大電歪の比較
図 通常の逆圧電効果による電歪の基本原理と新しい原理による巨大電歪の比較 図 通常の逆圧電効果による電歪の基本原理と新しい原理による巨大電歪の比較
(a)通常の圧電効果による電歪 (b)新しい原理による巨大電歪

内容と特徴
点欠陥が“悪玉”でなく“善玉”に
 通常の圧電材料の構造的な特徴は電気分極の方向が異なる領域(ドメイン)があることです。電気分極とは、材料を構成する原子核(+)と電子(−)の位置関係が一定方向に偏ることで、分極した方向に電位差が発生する現象をいいます。
 現実の圧電材料を見ると、電気分極を起こしたドメインがたくさん集まってできており、それぞれのドメインはそれぞれ異なる方向の電位差を持っています。電場をかけることで、全てのドメインを一定方向に揃えてしまえというのが新原理の考え方で、このようにドメインの向きを変えることを「ドメイン変換」と言います(写真)。
 このドメイン変換で得られる歪みの最大値はドメインの長軸と短軸の長さの差です(図のb)。時計の3時方向に置いたトランプを時計の12時方向に置き直せば、トランプの縦の長さと横の長さの差だけ位置が違う様子をイメージしてください。この差は、材料によって違いますが、理論上最大1〜5%に達します。しかし、この変形は通常、1回限りの不可逆現象なので、応用された例はありませんでした。
 そこで任主任研究員は、圧電材料に不純物を混ぜることで点欠陥を生じさせ、その点欠陥の存在に起因する“ある性質”を活かすことで、電場を解除すれば元の状態に戻る、つまりドメイン変換が可逆的に行えるようにしたのです。ある性質とは、同研究員が形状記憶合金の弾性的挙動を説明するのに考えた仮説に基づくもので「点欠陥のナノ秩序の対称性」と言います。難しいこの仮説の説明は省きますが、要するに金属で考えた説をセラミックの圧電材料にも適用することで、可逆的ドメイン変換を可能にしたということです(図のb)。
 点欠陥が元の形状に戻す働きをするわけです。“不純物”とか“点欠陥”という言葉は、何か“悪いもの”のように聞こえますが、ここでは“良い働き”をしているのです。
圧電材料であるチタン酸バリウム単結晶の美しいドメイン模様
圧電材料であるチタン酸バリウム単結晶の美しいドメイン模様
従来の40倍も大きい圧電効果は、この全てのドメインの向きを電場で揃えることで得られます

展望
すでに多くの企業が注目
 今回の研究では、微量の鉄(Fe)またはカリウム(K)を点欠陥として含むBaTiO3単結晶を5日間80℃に保って点欠陥を移動させてから電場をかけ、PZTの約40倍の可逆電歪を得ました。同様の大きな電歪は、Kを含んだBaTiO3単結晶でも見られているので、新原理による巨大電歪は、ある材料だけに起きる特別なものではなく、一般的なものと言えます。
 ですから、探せばこの原理に基づく、さらに大きな圧電効果を示す新材料や成分の組み合わせが見つかるかも知れません。また、今回発見された巨大電歪効果は、通常の圧電効果と違い、臨界電圧と呼ばれる材料によって特定の電圧を超すと、急激に大きくなる非線形効果なので、圧電効果の小さい従来型の圧電材料では対応出来なかった新しい分野の開拓も期待されます。
 電歪の大きさに企業が注目したようで、この5月中旬につくば市の物質・材料研究機構が開いた説明会には数十社が参加しました。「私たちは単結晶で実験しましたが、企業としては多結晶でやるでしょう。無鉛の多結晶材料でPZT並みの効果が得られたらいいですね」と任主任研究員は見ています。
研究者のコメント
「これからの課題は、作り易く、コスト安で、圧電効果の高いネタ探しです。最適な材料の組み合わせと、点欠陥として入れる元素は何がいいか見出さなければなりません。古くから知られているのに電歪が小さくて見捨てられてきた圧電材料でも、新原理を適用すれば優れたものに生まれ変われる材料が出てくるかもしれません」
任主任研究員ホームページ:http://www.nims.go.jp/ferroic/

→戻る