研究最前線

世界初、摩擦ゼロの超潤滑システムを開発

ナノマシン実現への難関を突破
顔写真 佐々木 成朗
(ささき なるお)
(成蹊大学工学部物理情報工学科 助教授)
戦略的創造研究推進事業 研究領域「組織化と機能」研究者
物が動くと必ず摩擦が生じます。ナノマシン(ナノ=10億分の1)の実現の大きな壁の一つに、この摩擦の問題があります。成蹊大学工学部物理情報工学科の佐々木成朗助教授は、サッカーボール状炭素分子であるフラーレン(C60※1の転がりを利用して、動摩擦ゼロの超潤滑システムを世界で初めて開発しました。マイクロ・ナノマシン用の潤滑剤や生体中の微細組織に薬を届けるドラッグ・デリバリー・システムなどへの応用が期待される成果です。
※1:炭素原子60個から構成されるサッカーボールのような形をしたかご状の分子。H.W.クロトー(英国)、R.E.スモーリー(米国)らによって1985年に発見されました。
ねらいと背景
ナノの世界は想像を絶する摩擦の世界
 物体を小さくすると、表面積の体積に対する比率は著しく増大します。摩擦は、表面積を通して働く力ですから、その比率が大きくなれば、摩擦も格段に大きくなります。佐々木助教授の説明によると、1nm(ナノメートル=10億分の1m)の球体に働く摩擦は1cmの球体の実に1千万倍にもなります。
 このため、ナノスケールの物体を作っても、摩擦が大きくなり過ぎて、安定して動かせないという問題が生じます。私達が普段、目にしているセンチ、ミリメートルの世界の常識は全く通用しないというわけです。
 同助教授は、この問題を力学的側面から捉えて、球体の転がる力を利用することを思い立ちました。例えば、パチンコの玉を並べた上に板を置いて、押してみるとわずかな力で動かすことができます。同じような現象がナノの世界でも起きるのではないかと考え、着目したのがC60分子のベアリングでした。この着想をもとに実験研究者の愛知教育大学の三浦浩治教授と共同開発したのが超潤滑システムです。
フラーレン(C60)の構造
フラーレン(C60)の構造

内容と特徴
フラーレンのナノギアで実現
 超潤滑システムは、C60分子をグラファイト(黒鉛)基板で挟んだようなサンドイッチ構造です。C60分子を200℃ほどの温度でグラファイト基板上に蒸着させ、さらに、その上にグラファイト薄膜を載せます。これを原子間力顕微鏡の探針で押すと、薄膜の動摩擦はほぼゼロでスルスルと動き出します。C60分子は、炭素原子が6角形(6員環)と5角形(5員環)で相互につながった構造(前頁の図参照)で、C60分子の6員環とグラファイト基板の6員環が少しずれた配置、すなわち表面科学でいうAB積層※2になると、双方の6員環が歯車のように噛み合い、動摩擦ゼロのナノギアになります。
 ただ、5員環が来た場合、AB積層は崩れますが、熱が加わるとブラウン運動※3のような動きが生じて、C60分子は滑りの方向から左右いずれかに向きを変えて、6員環のある方向に転がり、ギアの空回りを防ぎます。佐々木助教授は、この現象を「ステップ回転」と呼んでいますが、これが研究成果のエッセンスとなっています。「実証試験は室温で行いましたが、C60分子が溶け出さない程度の高温条件下では、ブラウン運動によって転がりやすくなり、潤滑性がさらにアップすることが考えられます」と話しています。

※2:エネルギー的に最も安定した積層の状態で、C60分子をグラファイト基板上に積層した場合、自然にこの状態に収まる傾向があります。
※3:固体微粒子が流体表面に置かれたときのランダムな運動。水面に花粉を落とすと、水分子の働きで花粉が自由に動き回ることで知られ、水に熱を加えると活発化します。
グラファイト−C60−グラファイトのサンドイッチ構造

グラファイト−C60−グラファイトのサンドイッチ構造
グラファイト−C60−グラファイト系の摩擦力の荷重依存性
グラファイト−C60−グラファイト系の摩擦力の荷重依存性

展望
ナノマシンの潤滑剤や“ナノトラック”が実現
 この研究は、世界最小のベアリングシステムの開発を通じて、マイクロ・ナノマシンの摩擦に関して新しい理論を提案したことに大きな意義がありますが、応用の面では、マイクロ・ナノマシンの潤滑剤としての用途などが考えられます。
 例えばマイクロ・モーターの接触面を持つ個所にこのシステムを挟み込むことで、摩擦によって動かなくなることを防げます。また、超潤滑機能を生かして、ナノ物質を運搬する“ナノトラック”が実現できるかも知れません。
 現在の化学工業における化学反応は、原子分子を集団の状態でしか取り扱いません。化学反応プロセスの途中で、一つ一つの原子分子が、どんな働きをしているか詳しいことは分かっていないのです。これに対して、極微粒子をナノトラックで反応プロセスの任意の場所に運搬し、反応させることができれば、“ナノ・ファクトリー”といったものが誕生します。さらに、ドラッグ・デリバリー・システムとして活用すれば、病巣以外の組織には全く害を与えない、すなわち副作用ゼロの化学治療が夢でなくなります。佐々木助教授は「グラファイトは他の系と簡単に反応しないので、安定性が高く、耐久性も望めます」と、応用研究の広がりに期待を寄せています。
研究者のコメント
「日本では、ナノサイエンスを力学的な見地から理論的にアプローチする研究者は皆無で、一人荒地を行くような心境でした。反面、誰からも批評されることがなく、自問自答しながら自由にアイデアを羽ばたかせるという楽しみがありました。最近では、少しずつではありますが、注目を浴びるようになってきたので、他の分野、特にナノテクノロジーの主流にいるエレクトロニクスの研究者との接点を広げたいと思っています」
佐々木助教授ホームページ:http://www.ap.seikei.ac.jp/ntechlab/sasaki.html

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