研究最前線

「夢」ではなくなったダイヤモンド半導体

“究極の半導体”に挑戦
顔写真 大串 秀世
(おおくし ひでよ)
(独立行政法人産業技術総合研究所ダイヤモンド研究センター副センター長)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業
研究領域「新しい物理現象や動作原理に基づくナノデバイス・システムの創製」研究代表者
宝石の王様と呼ばれるダイヤモンドは、エレクトロニクス材料としても非常に勝れた特性を持っています※1。ところが、高品質単結晶作りの難しさなどから、ダイヤモンド半導体の実用化はこれまで“夢”でした。しかし、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)のプロジェクトとして、独立行政法人産業技術総合研究所ダイヤモンド研究センターの大串秀世副センター長を代表とする研究グループがダイヤモンドでナノスケールの針状pn接合素子作りに成功、紫外線デバイス実用化に向けた研究開発を続けています。もはやダイヤモンドは“夢の半導体”ではなく、将来を期待される“次世代半導体”になったと言えるでしょう。
※1:
ダイヤモンドは硬度、熱伝導率などの物理的・機械的性質に優れるばかりでなく、電子デバイスとしての潜在能力に関する物性値はシリコン等と比べて抜群なので、“究極の半導体”と言えます。
ねらいと背景
米国があきらめた課題
 大串副センター長がダイヤモンド半導体の本格的研究に取り組んだのは、1995年からです。米国では、80年代半ばから、国のミサイル防衛計画の中で海軍の研究所を中心に国家プロジェクトとして研究を展開していましたが、当時の技術ではモノにならず、同年にプロジェクトは終りました。それでもダイヤモンド半導体研究に着手したのは、「今はシリコン全盛だが、将来の方向付けのために、ここらで結晶半導体を見直したい。同じやるなら、シリコンに勝る素質のあるダイヤモンドがエレクトロニクス材料として実用になるか判定したかった」(大串副センター長)からです。
「究極の半導体のダイヤモンドを、そう簡単に諦められるか」と始めた研究でしたが、開始後1〜2年の比較的短時間で基板全体が原子レベルで平坦な、単結晶シリコン並みの高品質ダイヤモンド薄膜の合成に成功しました。高温高圧法で合成した約4mm角の人工ダイヤモンド基板の上に、マイクロ波プラズマCVD(化学気相堆積)法で、メタンを分解して生じた炭素を雪のように降り積もらせたのです。この技術をベースにホウ素添加で作ったp型ダイヤモンド薄膜は、世界最高の電荷移動度を示しました。
 もう一つ重要なことは、こうして作った高品質(結晶性、電気光学的特性、簡単な電子デバイス特性が従来のものより一桁以上優れた)ダイヤモンド薄膜に室温で電子ビームを照射して、波長235ナノm(1ナノmは10億分の1m)の紫外線の発光を見たことです。正にダイヤモンドが紫外線デバイスに使える証拠です。
 2001年12月から5年計画で行われているプロジェクトには、こんな背景があります。

ダイヤモンド合成装置
写真 ダイヤモンド合成装置

内容と特徴
ダイヤの上にダイヤ
 工業用ダイヤモンドを作る高温高圧法では、面積の大きいダイヤモンドは合成出来ません。今回それが出来た(しかも高品質で)のは、人工ダイヤモンドの基板の上にメタンガスの分解で出来た元素としては基板と同じ炭素を結晶成長させたからです。このような同じ元素同士の結晶成長を「ホモエピタキシャル成長」と言います。
 プロジェクトで作った針状ダイヤモンドpn接合は、長さ約1マイクロm(1マイクロmは100万分の1m)、直径約100ナノmです。マイクロ波プラズマCVD法で作ったp型薄膜上に同じ手法で積み重ねたダイヤモンド薄膜に硫黄を注入してn型とし、pn接合としました。研究グループは、このpn接合をさらに微細化すれば僅かな電流で強い光が得られると考え、更なるナノスケール化を進めています。
 何故なら、これまでの研究でダイヤモンド薄膜の室温紫外線発光は、ある電流値から急激に増大することから、高密度なエキシトン※2によるダイヤモンド固有の現象であることが分かったからです。エキシトン密度を高めるにはエキシトンを出来るだけ体積の狭い空間に閉じ込めればよいわけですから、素子を出来るだけ小さくする、つまりナノスケール化することが肝心なのです。
※2:
半導体に光や電子ビームを照射すると、その吸収エネルギーに応じて負の電荷を持つ電子と正の電荷を持つ正孔が同時に発生します。この電子と正孔は、半導体内をそれぞれ独立に動けますが、温度が低い時は両者が十分に離れられず、弱く結合した一体として結晶内を動くことがあります。これがエキシトン(励起子)です。

紫外線ナノデバイスの基本構想
展望
紫外線発光デバイスが可能に
 235ナノmの紫外線を出すダイヤモンド発光デバイスが実用化すれば、例えば環境に有害な水銀不要の蛍光灯が可能です。今の蛍光灯の水銀は、蛍光材を照射する232.5ナノmの紫外線を生む為にあるのですが、その為の紫外線は240ナノm以下であればよいので、ダイヤモンド紫外線発光デバイスが出来れば水銀と置換出来ます。
 さらに、高密度光メモリー、紫外線顕微鏡、リソグラフィー(素子のパターンを基板上に転写する技術)などへの応用が考えられます。ダイヤモンド半導体が生む紫外線は、単色性に優れ、極低温から室温までその波長がほとんど変化しないので、将来いろいろな分野のいろいろな環境下で使用されることになるでしょう。
 半導体ダイヤモンドは、学術的にも大変興味深い材料です。ダイヤモンド半導体の高密度エキシトンによる紫外線の発光は、物理学でいうボーズ・アインシュタイン凝縮(BEC)という状態が室温で起こっているのかもしれないと考えられるからです。本当にそうなら、超放射と呼ばれるレーザーと同じ発光が期待されるので、通常のレーザーと比較して非常に簡単な構造の発光デバイスが可能になり、これまで無かった物理学と工学の新領域が誕生するでしょう。
研究者のコメント
「本当の実用化までには、コストを下げるための技術的課題も多く、時間がかかるでしょうが、ダイヤモンド半導体は実用デバイスが期待出来る“次世代エレクトロニクス材料”になりました。開発中の紫外線発光デバイスを突破口に、ダイヤモンド半導体をシリコンと並ぶエレクトロニクスの基盤材料にしたいのが私の願いです」

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