研究最前線

シロアリの力借り物質循環の謎を解く

腸内微生物との共生関係の不思議
顔写真 工藤 俊章
(くどう としあき)
(独立行政法人理化学研究所環境分子生物学主任研究員)
独立行政法人科学技術振興機構 国際共同研究事業
バイオリサイクルプロジェクト代表研究者
シロアリは、家屋を食い荒らす害虫といったイメージが強いですが、その一方、自然界の物質循環にとって不可欠な存在です。シロアリがその大役を果たすためには、「協力者」が必要です。それは、腸内に棲む微生物です。独立行政法人理化学研究所の工藤俊章環境分子生物学主任研究員らのグループは、シロアリと微生物の共生の謎を解き明かす研究に取り組んでいます。産業上有用な微生物の発見や物質循環の仕組みの解明など地球環境保全につながる可能性を秘めた研究です。
ねらいと背景
タイのカセサート大学と国際共同研究
 シロアリの種類は、2,600種を超え、熱帯、亜熱帯、温帯に広く分布しています。特に熱帯、亜熱帯には大量に棲息し、種類も豊富です。
 この研究は、タイのカセサート大学※1との国際共同研究プロジェクト※2として進められています。森林や草原における枯木や落葉などの16〜60%が、シロアリの身体を通ることで一般の動植物が再利用できるものに変えられ、生態系維持に重要な役割を果たします。
 シロアリは、腸内原生生物によって枯死(こし)植物を分解する下等シロアリと、腸内原生生物がいず、それを担子菌類に委ねている高等シロアリの2つに大きく分類することができます。下等シロアリには、ヤマトシロアリ、イエシロアリなどが属し、家屋に害を与えるのはこの種類です。一方、高等シロアリには、キノコシロアリなどの種類がおり、沖縄以南の熱帯、亜熱帯に棲息しています。
 研究グループは、ヤマトシロアリの腸内から約300種類の新しい細菌を発見しました。もっと詳しく調べれば、700種類はいるだろうと推定しています。タイにおける研究では、未知の高等シロアリ数十種類を発見しました。分類学上でも画期的出来事です。シロアリ腸内の微生物は、いずれも「難培養性」で、それがシロアリと微生物の共生関係を調べる障害の一つでした。研究プロジェクトは、培養によらずに増やす技術の開発を重要なテーマにしています。
※1:
バンコク市郊外にあり、タイを代表する農業を中心とした総合大学です。

※2:
国際共同研究事業の一つ(研究期間:平成11年3月〜平成16年3月)。「バイオリサイクルプロジェクト」という名称です。研究拠点を理化学研究所(埼玉県和光市)とカセサート大学に置き、タイにプロジェクト事務所を設け日本人研究者が3名常駐しています。

単物質循環におけるシロアリの役割
図 単物質循環におけるシロアリの役割
内容と特徴
進化の過程を知るうえで貴重な発見
 タイにおける研究では、タイ各地の土壌からシロアリを採集しましたが、山岳地帯から採集したものの中には日本にいる種類に近似のものがいました。孤立した環境で同じようなものが棲息していることを突き止めたことは、その進化の過程を知るうえで貴重な発見とされています。下等シロアリは、腸内の原生生物によって木質資源の主成分であるセルロースを分解しています。原生生物の中に棲む細菌もいて、多重共生と呼べるような複雑なシステムであることが分かりました。
 高等シロアリには、菌園(きんえん)と呼ばれるハチの巣状の塊の上に、キノコ(担子菌)を栽培して栄養源にする種類がいます。腸内原生生物に代わって、担子菌が枯死植物を分解しているのです。菌園は、リグニンとセルロースで構成されていますが、シロアリはリグニンの分解が進み、軟らかなセルロースになったものを食べます。
 研究グループは、シロアリ共生微生物の分子系統を明らかにするため、遺伝子操作技術の開発を進めています。共生微生物のリボソームリボ核酸RNA(rRNA)遺伝子をPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)と呼ばれる手法で増幅し、塩基配列を決定し、系統解析を行います。
 工藤主任研究員は「ヤマトシロアリだけで700種類の微生物がいます。昆虫全体では約150万種類。それぞれに1種類以上の微生物が棲息しているはずで、その解明が進めば、膨大な数の有用微生物が見つかることになるでしょう」と話しています。

写真 役割がはっきり分かれているシロアリの社会
役割がはっきり分かれているシロアリの社会。真中の頭の赤いのが兵アリ。周りは職アリです
シロアリが育てるキノコ(担子菌)上と菌園(きんえん)下
写真 シロアリが育てるキノコ(担子菌)上と菌園(きんえん)下

展望
ダイオキシンやPCBの分解も
 シロアリの腸内共生原生生物は、セルロースを酢酸まで分解し、これをシロアリの栄養源として提供します。原生生物自身は、酢酸に分解する間にエネルギーを得ていますが、この過程で二酸化炭素と水素が発生し、さらに二酸化炭素と水素から酢酸またはメタンが生成されます。シロアリによるメタン生成量は、地球上で発生している全メタンの5〜15%と推定され、生態に関する研究が進めば、地球温暖化のメカニズムの解明につながります。
 メタンは、クリーンなエネルギーですので、将来、その利用法が開発されるかも知れません。エネルギー以外の問題でも、シロアリは腸内に窒素固定菌を飼って、地球の窒素循環の一翼を担っています。
 高等シロアリの中には、腐葉土(ヒューマス)をエサにしているものもいます。ヒューマスは、ダイオキシンと組成が似ているので、これを分解する微生物が見つかる可能性があります。
 また、PCB(ポリ塩化ビフェニル)を分解する共生微生物も見つかっており、環境汚染物質の除去技術の進展が期待できます。
研究者のコメント
「タイでは、実験機材がすぐ手に入らないのが悩みのタネで、日本や米国から輸入しようとすると、注文してから時間がかかるうえに値段も跳ね上がります。また、生物多様性条約による規制で、シロアリをタイから持ち出せません。日本でなら外部の協力を得られるような実験も全部自分たちの仕事になります。そうした国際共同研究に伴う困難を乗り越えながら頑張っています」

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