研究最前線

脳のリハビリ法を開発痴呆症の治療に道拓く

数ヶ月で日常会話ができるまでに
顔写真 川島 隆太
(かわしま りゅうた)
(東北大学未来科学技術共同研究センター 教授)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業
社会技術研究プログラム 研究領域「脳科学と教育」研究代表者
東北大学未来科学技術共同研究センターの川島隆太教授は、痴呆症の治療に道を拓く脳のリハビリ法を開発しました。特別な機器を一切使わず、声を出して文章を読む「音読」と簡単な算数の計算を毎日短時間行うだけで脳の機能が回復することを発見したのです。痴呆症の老人が数か月で日常会話や自分で排便・排尿ができるまでに回復しています。痴呆症と診断された人の脳機能に回復が見られたことを科学的に証明した報告は世界的にもほとんどありません。その壁を破った画期的な成果です
ねらいと背景
「音読」で脳機能が回復
 川島教授は、人間がさまざまな行動や思考をしている時、脳がどのように働いているかを画像としてとらえ分析する「脳機能イメージング」研究の第一人者で、今回の成果はその研究の中で見つけたものです。
 よく「頭を働かせろ」と言います。難しいことにぶつかった時ほど脳は働くものとだれしも思いますが、川島教授はそれが違うことを「ファンクショナルMRI(磁気共鳴断層撮影)」と呼ばれる画像化装置を使ってつきとめたのです。
 図がその証拠です。脳の神経細胞が働くと血流が良くなります。その血流が増加した部分にのみ色がついていますが、難しいことを考えている時は血流増加が僅かなエリアでしかおきていません。ところが、音読中は、前頭葉(ぜんとうよう)をはじめさまざまなところで血流増加が見られます。驚くことに、楽しいビデオゲームに熱中している時より音読中の方が勝っていたのです。
 この成果をふまえ、痴呆症の高齢者に音読と簡単な算数の計算を毎日繰り返し行ってもらったところ、明らかな回復が見られたのです。
 科学的に効果が証明されている痴呆症の治療法や予防法は、一つもないのが現状です。
 これに対し、日本の痴呆性高齢者数は、約200万人と言われています。人口の2%弱にあたります。この数は、高齢化の進行を考えると今後さらに増えると予想されるだけに、今回の成果は大変な朗報と言えます。
図
内容と特徴
軽度の人にも、重度の人にも効果
 川島教授が「社会技術推進事業」の一環として痴呆症の高齢者を対象に音読と計算の学習を始めたのは約2年前。福岡県大川市にある介護老人福祉施設・特別養護老人ホーム「永寿園」の方々44人(70〜98歳)に対して行いました。
 痴呆症は、脳の神経細胞がどんどん死滅していくことによって起こる「アルツハイマー型痴呆症」、日本人に多い脳溢血や脳梗塞が原因の「脳血管型痴呆症」、その他の原因による痴呆症の3つに別けられますが、44人はこのいずれかに入り、全員痴呆症と診断されていました。
 学習は、週5日、毎日音読と計算をドリルを使ってそれぞれ10分間づつ6ヵ月間続けるという方法で行われ、表のような科学的・定量的結果を得ました。
 これは、「前頭葉機能検査(FAB)」と呼ばれる最新の検査法を使ってアルツハイマー型痴呆症の方々の6ヵ月間の効果を測定したもので、軽度の人にも重度の人にもはっきりとした脳機能の改善が見られます。
 脳の神経細胞が働くと血流が良くなることは前述しましたが、頭の表面から光(近赤外光)を当てて脳の血流を調べる「光トポグラフィー」でも3ヵ月間で写真のような血流の増加が観察されています。現象的には、もっと分かりやすい効果がでています。44人全員が自分で排便・排尿ができない状態でしたが、1ヵ月の学習で20%ほどの人が自分でできるようになっています。
 さらに、学習前は欲求を伝える会話しかできなかったのが日常生活に必要な会話がほぼできるまでになった人もいます。
「光トポグラフィー」による血流の観察結果

「前頭葉機能検査(FAB)」による学習効果の測定結果
図 測定結果

展望
仙台市で次のステップがスタート
 この成果には、宮城県仙台市が大きな関心を寄せており、仙台市と川島教授の手で次のステップがスタートしています。
 一つは、大川市に続く試みです。今年の5月から市内の介護老人福祉施設で痴呆症の高齢者25人を対象とする長期の学習プログラムが始まっており、早期に民間企業の新規事業にまで発展させる計画です。仙台市は、「介護教育産業」として新たな雇用が創出されるものと期待しています。
 二つ目は、健康人のフィットネスのように音読で脳を鍛えて、痴呆症になるのを防ごうという試みです。これも仙台市と川島教授が共同で行うもので、その名も「脳ウエルネスプロジェクト」。今年の8月から3ヵ年計画で実施し、“痴呆症予備軍”とも言える70歳以上の健康人の脳を鍛えることにしています。
 仙台市の他、岐阜県も同じようなプロジェクトを計画しています。
研究者のコメント
「杖や車イスに頼っていたのが自分で歩けるようになったり、不思議なことに髪の毛が増えた人もでています。家に帰れる程度にまで回復された人もいます。脳科学という基礎科学が社会貢献できるまでに育ってきました。高齢者問題と積極的に取り組み、日本を明るくしていきたいと思っています」

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