研究最前線

アポトーシス(細胞死)を分子レベルで研究

筋萎縮症の発症機構を解明
顔写真 辻本 賀英
(つじもと よしひで)
(大阪大学大学院医学系研究科 教授)
科学技術振興事業団 戦略的創造研究推進事業継続研究
研究課題「細胞死シグナル伝達分子を標的とした疾患治療薬の開発」研究者
生物の細胞には、増殖などの機能とともに自らを死滅させるアポトーシス(細胞死)と呼ばれる機能が備わっています。最近、アポトーシスの異常が、がんや神経変性疾患などの発症に関わっていることが分かってきました。大阪大学大学院医学系研究科・辻本教授は、アポトーシスの機構を分子レベルで研究し、脊髄性筋萎縮症などの発症機構の解明に成果を挙げました。また、難病の治療や薬剤開発についても見通しを示しました。
ねらいと背景
新しいがん遺伝子の発見が突破口に
 アポトーシスという言葉は、「木の葉や花びらが散る様子」を表すギリシャ語に由来しています。1972年に英国の学者が、細胞が縮小し、細胞の中でDNA(デオキシリボ核酸)が存在する核も凝縮していることを見つけました。さらに観察すると、細胞が自ら死を決め、一定のプロセスにより死を実行していると考えられました。その後アポトーシスは、不要となった細胞や有害な細胞を除去する生命現象の一つであることが分かり、その機構を分子レベルで明らかにする研究が行われています。
 辻本教授は、米国留学中の1985年に、新しいがんの遺伝子「bcl-2」を発見しました。また、遺伝子bcl-2が作るタンパク質Bcl-2は、脊髄性筋萎縮症の原因遺伝子がつくるタンパク質と結合することにより活性化することを発見しました。1997年にBcl-2はアポト−シスを抑制する機能を持っており、その機能が進むとがんが発生し、低下すると運動性神経変性疾患が発生することを明らかにしました。その後、Bcl-2ファミリータンパク質※1の機能解析などアポトーシスの研究により、脊髄性筋萎縮症などの治療法につながる医科学的な基礎を築くことに努めています。
※1:
Bcl-2タンパク質に構造が類似した約10種類のタンパク質の総称
細胞死が関連する疾病の例

内容と特徴
重要な役割の新タンパク質を発見
 生物の細胞は、遺伝情報を持つDNAが入っている核や、エネルギーを産み出すミトコンドリア※2などで構成されています。辻本教授らは、アポトーシスが起こる際に、細胞内のミトコンドリアからチトクロムCというタンパク質が放出されることを発見しました。また、チトクロムCが放出される際、ミトコンドリアの膜にある「VDAC」と言われるタンパク質でできた小さい孔を通ることも見つけました。通常は、アポトーシスを抑制する機能を持つBcl-2などのタンパク質がミトコンドリアの膜でVDACの孔を細くする働きをしているために、チトクロムCは細い孔を通過できずアポトーシスは起きません。しかし、アポトーシスを促す「Bax」などのタンパク質がVDACに結合すると孔が広がり、チトクロムCが通過します。こうしたBcl-2ファミリータンパク質によるアポトーシス制御機構を、初めて分子レベルで明らかにしました。
 また、DNAはタンパク質と複合体(クロマチンと言う)を形成しています。アポトーシスを起こすと、核の中でのクロマチンの凝縮が起こり核を断片化し、細胞が収縮して小さくなり、細胞の死に至ります。辻本教授らは、クロマチン凝縮を引き起こすタンパク質として「アシナス(Acinus)」を世界で初めて発見しました。
 さらに、アポトーシスのメカニズムを解明していく中で、Bcl-2の作用点が明らかになり、Bcl-2に特殊なタンパク質を付与することによって薬剤になりうることを動物モデルで示しました。
※2:
生物の細胞内にある、内膜と外膜に包まれた細胞小器官で、細胞に必要なエネルギーをつくっています
VDACでできた「タンパク通過孔」の仕組み

ラット(ネズミ)から取り出した細胞の蛍光顕微鏡写真

展望
脊髄性筋萎縮症などの治療薬開発に道
 辻本教授らは、これまでの研究からアポトーシス制御の破綻による疾患の治療としては、VDACの機能の制御を目標にすることを示すとともに、Bcl-2に特殊なタンパク質を付与したものなどが治療薬候補になりうることを見いだしています。今後、アポトーシスに関わる分子についての研究がさらに進み、新薬の開発に成功すれば多くの疾患に有効な道が開けます。治療の対象となる疾患としては、種々の神経変性疾患(脊髄性筋萎縮症、アルツハイマー病、パーキンソン病など)、脳梗塞、心筋梗塞、劇症肝炎などがあげられています。また、がんの治療に適用できるアポトーシス誘導の薬剤の開発も期待されています。
研究者のコメント
「アポトーシスの研究は、1985年にがんの遺伝子bcl-2を発見したことがきっかけになりました。Bcl-2が、細胞の死滅を抑える機能をもっていることが分かり、アポトーシスの研究に興味を持ちました。その後、Bcl-2タンパク質と結合し相互作用するタンパク質を探しているうちに、脊髄性筋萎縮症の原因遺伝子smnを見つけました。今後は、こうした成果をもとに細胞の生死決定の分子メカニズムの全貌解明を目指していきたいと思います」

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