研究最前線

身障者に夢の補助具

「マッスルスーツ」を開発
顔写真 小林 宏
(こばやし ひろし)
(東京理科大学工学部機械工学科 助教授)
科学技術振興事業団 戦略的創造研究推進事業
研究領域「相互作用と賢さ」研究者
脳卒中や交通事故で身体の自由を失った人が、身体機能の自由を取り戻すことのできる機械があったらどんなに助かることでしょう。東京理科大学工学部機械工学科・小林宏助教授が開発に取り組む身障者用の「マッスル(筋肉)スーツ」は、上半身を動かせるようにする介護器械です。人工筋肉(アクチュエーター=駆動装置)をコンピューターで制御して、腕を7通りのパターンで動かします。
ねらいと背景
「表情を変える顔ロボット」の成果活かす
 最近、二足歩行のヒト型ロボットが人気を集めています。しかし、小林助教授はロボット研究者の一人として、エンターテインメント・ロボットだけが脚光を浴びている現状をちょっと懐疑的にとらえています。「ロボットと共生する時代の到来―などともてはやされていますが、では、家庭の中に入って何ができるのか。全く見えてこない。ロボットが動き回るのも良いが、動けない人を動かしてあげることのほうが、もっと大事だと考えました」。
 同助教授は、10年ほど前から顔ロボットを研究していました。この顔ロボットは、顔の筋肉に相当する部分をアクチュエーターで動かし、喜びや悲しみなど、さまざまな表情を表現できます。アクチュエーターは、ゴム・チューブをナイロン繊維で被覆したホースのような構造で、空気圧によって駆動します。マッスルスーツの開発にも、このアクチュエーター技術を応用しました。
※:
「McKibben(マッキベン)型」と呼ばれる人工筋肉で、50年前に開発された製品です。ゴムホース状の構造で、中がチューブ、外側はナイロン製のスリーブ(さや)でできています。
写真 人工筋肉 マッスルスーツ
ケイ素樹脂のチューブをナイロン繊維で被覆した人工筋肉(アクチュエーター)

内容と特徴
声で動きを操作
 アクチュエーターの空気圧は、コンピューターで制御します。チューブが膨張し、太くなると縮もうとする力が働き、腕が引っ張られて動きます。チューブは世界でもっとも過酷な自転車レースのツール・ド・フランスで使われているタイヤ・チューブと同じ材料ですから強じんです。
 最初は、服にアクチュエーターを縫いつける方法を採用しました。しかし、この方法には弱点がありました。強い力が働くと服が脱げたり、しわが寄ったりして、動かなくなるからです。開発中のマッスルスーツは、この点を改善するため、スーツとアクチュエーターが一体となった鎧(よろい)型にしました。ちょうどアメリカン・フットボールの選手が身につけるプロテクターのような構造です。肩パットと胴体部分もアクチュエーターでつなぎ、腕の力だけでなく、肩の働きに相当する力を出せるように工夫しました。腕の上げ下げ、ひねり、肘曲げなど7通りの動きができます。
 アクチュエーターは、音声認識で操作する方法を検討しています。金属製のモーターやフレームを一果があり、シェープアップが期待できます。「健切使っていませんので、皮コート並み(約2kg)の軽さで、着る人の負担を最小限にとどめています。マッスルスーツは、上半身を動かすことが主眼ですが、将来的には下半身を動かすことのできる「マッスルパンツ」といったものの開発も視野に入れています。体重をどう支えるかが大きな課題です。
 これまでの介護器械は、介護する側の事情に配慮した製品ばかりで、介護される側に立って使い易さを追求した製品はほとんどありませんでした。マッスルスーツは、国立身体障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)の研究者らとも交流を重ね、身障者の意見を反映させるように努力しました。
マッスルスーツ作動の仕組み

展望
先ずは健康、スポーツ用の分野で市場を開拓
 ただ、身障者に使ってもらうには、万一の事故も許されません。医療器械として扱われますから厚生労働省の許可も必要になり、これからさまざまな問題をクリアしなければなりません。
 このため、小林助教授は、手始めに重い物を扱う肉体労働やスポーツのための筋力アップ用具として実用化することを考えています。例えば、マッスルスーツに西武ライオンズの松坂大輔投手の投球フォームを覚え込ませ、これを身につけて練習に励めば、松坂投手のような理想的なフォームで投げられるようになるというわけです。
 また、マッスルスーツに逆の負荷をかけて動きにくくすれば、5km走っただけで10kmも走ったような効果があり、シェープアップが期待できます。「健康器具で新市場を形成し、余勢を駆って福祉器械分野で社会貢献」というのが小林助教授の戦略です。
研究者のコメント
「いろんなメディアから好意的に紹介され、多くの問い合わせがあります。脳梗塞の人や半身不随の人などからも、すぐにも使ってみたい、という切実な相談をいただいています。自分では着脱のできない、身体の不自由な人に使ってもらおう、というのですから、安全の上にも安全でなければなりません。実験といっても直ちに応じるわけにゆかず、もどかしい思いです。今後、実用化を目指して企業との共同研究に取り組み、本当に役に立つ、と社会から認めてもらえるような製品を送り出したいと考えています」

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