研究最前線

インフルエンザ抑える新物質を開発

特効薬になる可能性秘める
顔写真 鈴木 康夫
(すずき やすお)
(静岡県立大学薬学部 教授)
科学技術振興事業団 戦略的創造研究推進事業
研究領域「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」研究代表者
世界的大流行を繰り返すインフルエンザ。静岡県立大学薬学部の鈴木康夫教授は、このインフルエンザ・ウイルスの増殖を止める新物質*1を開発しました。特定のウイルスにしか効かないワクチンと違い、一部を除く大部分のウイルスに効くのが特徴で、まだ世界中のどこも実現していない特効薬に発展することが期待されます。年内に動物実験に入る予定です。
【注】
*1 新物質の化学名は、「シアリル・フォスファチジル・エタノールアミン誘導体」と言います。細胞膜の主要成分であるリン脂質に糖の一種のシアル酸を結び付け、フッ素を導入するという方法で合成します。フッ素を含んでいるところがポイントです。
ねらいと背景
全てのA型、B型ウイルスに効く
 インフルエンザがいかに恐ろしい病気かは、過去の歴史を見れば分かります。1918年には、1年間に世界中で約2000万人が死んでいます。その後も10〜20年ごとに世界的大流行を繰り返しています。
 インフルエンザウイルス(写真)は、A型、B型、C型に分かれます。この内、世界的に大流行するのは、最も強い(病原性の強い)A型です。A型のワクチンは、勿論ありますが、残念ながらワクチンだけで押さえ込むのはなかなか大変です。理由は、こうです。A型ウイルスには、構造がちょっとづつ違う"ファミリー(「亜型」と言います)"が多数存在し、さらに突然変異による"新顔"の出現も珍しくないことが先ずあげられます。ワクチンは、それぞれ違うものになりますから、予測が外れ用意したワクチンが当らなかったら万事休す、お手上げになります。
 さらに、どのウイルスも千変万化で、絶えず少しづつ姿形を変えています。つまり、ワクチンを作ったとしてもその時点ではすでにウイルスは姿を変えているので、その分効きが悪くなるわけです。
 新物質は、ワクチンとは全く異なるメカニズムでウイルスを押さえ込むもので、C型を除く全てのA型、B型ウイルスに効きます。
インフルエンザウイルスの電子顕微鏡写真
インフルエンザウイルスの電子顕微鏡写真
内容と特徴
ウイルスの武器、ノリとハサミを無力化
 "インフルエンザウイルスは、図1のようにトゲ状の突起が無数にでた"イガグリ"に似た形をしています。大きさは、約1万分の1mmです。これが空気と一緒に人間の体に入ると喉(のど)の細胞に取り付き、増殖します。
 ウイルスは、高等生物と違い、自分だけでは増殖(自己複製)することができません。子孫を残すには、他の細胞に寄生して、その細胞の機能を拝借する必要があるのです。「スパイク」と呼ばれるイガグリ状の突起は、図1からも分かるように、2種類あって、それぞれ"ノリ"*2と"ハサミ"*3の働きをします。先ずノリの働きをする突起が細胞の表面にある糖の一種(シアル酸)と結びついて橋頭堡を築き、その後細胞の内部に潜り込んで増殖、今度はハサミを使って細胞との結びつきを切って脱出、外に飛び出した増殖ウイルスが同じ手口で別の細胞に次々と侵入していく―と言う仕組みです。1個のウイルスが1つの細胞の中で、約1000個に増えますから大変です。大体一日で百万倍になります。
 新物質は、ウイルスのノリと、ハサミを無力化することで増殖を止めると言うものです。ウイルスは、"おとり役"の新物質を細胞と誤認して、これと結びついてしまい、ノリの機能を失います。運良く細胞内に入り込んだウイルスは、増殖に励みますが、新物質に含まれるフッ素の力でハサミが無力化され、増えても細胞から外に出られなくなって死滅します。
 図2は、細胞レベル(試験管レベル)での新物質の効果を示した一例です。この図から3〜5ppm(0.0003〜0.0005%)の濃度でウイルスの感染が半減し、およそ50ppm(0.005%)でゼロになることが分かります。
【注】
*2 タンパク質の一種で、「ヘマグルチニン」と言います。
*3 タンパク質の一種で、「ノイラミニダーゼ」と言います。

図1:インフルエンザウイルスの模式図
図1

図2:細胞レベルでの新物質の効果
図2
展望
5年位で実用化のメド
 特許については、すでに日本、米国、欧州に物質特許を出しています。
 合成法についても、研究協力している三菱化学生命科学研究所が"量産"可能な製法を開発済みです。
 実用化時の姿は、ノドに直接噴霧するタイプになると見られます。
 最も重要な安全性チェックは、今後の動物実験などで確認していくことになりますが、生体内にある物質に近いことから毒性などは 低いものと鈴木教授は見ています。
 動物実験、臨床試験には、製薬メーカーなどの力を借りた組織的研究が必要になりますが、その体制が取れれば5年位で見通しがつくでしょうと同教授は言っています。
 日本では、今年の冬もインフルエンザが猛威を振るいました。C型のウイルスは、広範囲には拡がらないので、この新物質が実用になれば世界的大流行を食い止められるようになるかもしれません。
研究者のコメント
「ウイルスが細胞に入るのを防ぐだけなら、私たちは他にも10種類位の物質を発見しています。(新物質は)入るのと出るのを阻害するところが、ユニークなのです。細胞レベルでは、1回の投与で済むことを確認しています。私たちのパワーだけでは(実用化のメドをつけるまでに)10年はかかるでしょう。製薬企業と組む必要があると思っています。」

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