相関電子系の新しい大規模計算アルゴリズム
 東京大学大学院 工学系研究科 今田正俊 教授
 
 新物質探索や次世代のエレクトロニクス開発の展望を切り開くために、様々な物質中の電子が示す挙動をミクロのレベルから解明し、 量子力学に基づいた第一原理から理解することができるシミュレーション技術の需要が高まっています。このような計算手法が開発できれば、 学問的にも産業的にも大きな波及効果が期待できます。基礎物理学上の新しい概念を発見し、未知の現象のメカニズムを解明できるだけでなく、 次世代のエレクトロニクスの開発指針を得るうえでも役立つと期待できるからです。 なかでも電子間に働くクーロン相互作用の効果が大きい強相関電子系や、電子間の相互作用が物性に大きな影響を及ぼしている強相関物質などは、 高温超伝導や巨大磁気抵抗といった目を見張るような現象を引き起こす物性を有するため、 研究のフロンティアが次々と広がり、21世紀の物理学の基礎と応用にとって大きな魅力を提供し続けています。 このような物質の未解明な現象を明らかにするためには、第一原理から理解できる計算手法が有効なのです。

 ところが従来の第一原理に基づく計算手法では、ある電子の挙動を計算するときに、 実際には大きな影響力のあるはずの電子間に働くクーロン相互作用効果を大まかに近似しないと実質計算できないので、 信頼性の高い結果を得ることができませんでした。 また量子モンテカルロ法に代表される第一原理的な計算手法には「負符号問題」など種々の困難があって、 現実物質のシミュレーション手法としての汎用性、信頼性が欠けていました。

 戦略的創造研究推進事業のさきがけ「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」領域における今田教授のプロジェクトでは、 新しく開発した経路積分繰り込み群法と従来の計算手法とをハイブリッド的に組み合わせたDFT-PIRG法という方法を開発し、 強相関物質での精度の高い計算手法を手にすることに成功しました。

 DFT-PIRG法は経路積分繰り込み群法を技術の核とし、電子相関効果が重要でない周辺部では従来の密度汎関数法を組み合わせて、シームレス(つなぎ目がなく・違和感無く統合して利用できること)に複雑な系のハイブリッド型大規模計算が可能になるような手法です。

 この計算手法の精度の高さは強相関物質である、Sr2VO4の電子状態の計算に応用することによって、実証されました。この物質は金属と絶縁体の境目にあって、わずかに絶縁体の性質を有し、かつ磁気的には反強磁性体という秩序状態にあるといわれてきました。 しかし、これまでの計算手法では良い金属を予想したり、磁気的に間違った状態である強磁性を予想したりしていたので、実験事実を解明できる計算結果はありませんでした。このプロジェクトの計算結果は初めて実験事実を定量的にも正しく説明し、さらにまだ実験的に分かっていない電子スピンと電子軌道の秩序状態を予測することに成功しました(図参照)。



 電子は空間的に局在化した粒子でもあり、また空間に広がった波としての性質も示します。 この電子は固体中では、各原子の周辺で軌道という異方的な「形」を持ちます。 この軌道が規則正しく周期的に並んだ秩序を示す場合があることが最近の大きな話題となっています。 今回、DFT-PIRG法によって、実験に先駆けて予測されているストロンチウム・バナジウム酸化物の電子が作る軌道秩序は、 この図のようにストライプ状のバターンを示し、矢印で示されているスピンの秩序と絡んで、今まで知られていなかった新奇で複雑な構造を持ちます。 A,B,C1,C2は同じ形の軌道を分類したものです。本プロジェクトではDFT-PIRG法を用いて、この物質に限らず、 他の強相関物資においてもこれまで正しく説明のつかなかった物性を説明することに成功しつつあります。